「万が一行くって言われても、延期になったって言えばいいだけだし。ちょっとからかっただけ」
「あははっ、性格わる!」
「ていうか〜、四ノ宮先輩の下の名前、知ってる?」

 悪意に満ちた桃子の声を聞き、やめて、と心の内で叫ぶ。唇がかすかに震えているのが、自分でもわかる。

「なにそれ」とひとりが嘲るように相槌を打った。

「確か……宝って漢字が入ってるよね?」
「そうそう」

 桃子が嬉しそうに頷く様子が目に浮かんだ。

「宝に瑠璃色の瑠って書いて、ジュエルって読むんだよ?」
「はぁ? ジュエル? マジで、あの顔で??」
「いやいや、それ読めないって。親のセンス疑うわー」
「キラキラネームどころか、ものすっごいプリンセスネーム。先輩がさ、この間の飲み会で言ってたの。名前がコンプレックスなんだってー!」
「きゃははははっ、それウケる! 今年度イチのネタかも!」

 扉一枚向こう側で、どっと笑いが巻き起こった。

「最近さぁ、仕事でストレス感じたらジュエル先輩の名前ネタで遊んでるんだよねぇ」
「それでちょいちょい話しかけてるんだ?」

「そっ」と弾むような声を出し、桃子が続ける。

「ジュエル先輩についての面白ネタ仕入れたら、また教えてあげるね?」

 三人の嘲笑が次第に遠ざかっていく。女子トイレの扉がキィと音を立てて閉まった。

 宝瑠は狭い個室に立ち尽くしたまま、しばし放心して動けなかった。