「スズメ君、君はこれから彼のお世話係になってもらい」
 命令されれば、部下はいつだって「御意」と答えなければならない。

 昼食を取った後に、上司に呼び出されるのは苦痛以外の何者でもない。
 ティルレット王国、国家騎士団本部のとある部屋で。
 その男は、ぼんやりと上司のマキ室長を眺めていた。
 昼食のせいで、血糖値があがっているせいかとにかく眠い。
「一つ、質問させてもよろしいでしょうか」
「なんだね」
 マキ室長は、30代後半らしいが若く見える。
 女性から言わせれば、美男子だそうで。
 20代の頃は国中の女性からモテて。奥さん以外に愛人が10人いるという噂が流れているが。
 本人に確認したところ、
「僕は独身なんだけどね」とはっきりと言った。

 まあ、確かに整った顔なわけだ。
 と、スズメはマキ室長を見ていた。
 だが、上司の顔をじっと眺めていたら失礼になるので。
 マキ室長を見るふりをしながら、焦点は窓の外にしている。
「世話係と言いますが、彼は肉体班なのでは?」
 国家騎士団は大きくいうと、肉体班と頭脳班に分かれている。
 肉体班は文字通り、肉体を使う仕事。
 トップは国王になり、主に戦に駆り出される。
 頭脳班は、政治を中心にデスクワークをする仕事だ。
 トップは王弟である蘭殿下になる。

 同じ国家騎士とはいえ、肉体班と頭脳班が関わるのは訓練のときだけだ。
 目の前に立っている男…トペニと言ったか…の胸元のエンブレムは赤。
 つまり、肉体班を示している。
 頭脳班で経理の仕事をしているスズメにとって、彼の教育係になるということは前代未聞であった。
「まあ、所属は違うが頼むよ」
 説明するのを放棄したマキ室長は笑顔で言った。
 これ以上、説明する気はないという意味である。
 ようやく、空気を読めるようになったスズメは「御意」と小さく言った。