『君のヒーローになりたい』を公開した日、風磨の元に再び読者の片瀬莉央からメッセージが届いた。
『新作読ませていただきました。夢と現実、愛と孤独。胸にじんとくるものがありました』
その控えめで丁寧な文面に、胸が熱くなる。風磨は込み上げる想いを抑えることが出来なかった。
『会えませんか?』
無謀だとわかっていても、送り返さずにはいられなかった。けれど、予想に反して、莉央からの返信はすぐに届いた。
『夢のようです。是非お会いしたいです』
約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは、風磨の想像とはまるで別人だった。
茶色の巻き髪を揺らし、凛とした足取りで近付いてきた女性を目にし、思わず息を呑んだ。彼女は「莉央」と名乗った。これまでやりとりしてきたメッセージから、もっと控えめでおとなしい人を想像していた。とっさに替え玉を疑ったが、その意図が掴めず、ぎこちなく会釈を交わして、戸惑いを抱えたまま近くの店に入った。
運ばれて来た紅茶に口を付けてから、莉央がゆっくりと話し始めた。
ひとつずつタイトルをあげて、あの場面のどの台詞が心に残ったか、どの描写が胸を打ったかを語っていく。その目はキラキラとしていた。
頬がわずかに紅潮しているのは、紅茶の熱のせいか、それとも話している内容の熱量のせいなのか——。
自分でも忘れていたような過去の作品のことまで莉央がよく覚えていることに驚かされた。しかも、自分が作品に込めた想いや細部にまで気づいていることが、彼女の言葉から伝わってきた。
心から楽しいと思えた時間はあっという間に過ぎ、駅までの帰り道、莉央の横顔を何度も見ては言葉を飲み込んだ。
そして、もう少しで駅に着くという時、湧き上がる感情を抑えることが出来なくなった風磨は、意を決して尋ねた。
「また会えませんか?」
莉央は一瞬驚いた表情を見せてから、「断る理由なんてありません」とはにかんだ。
それから数回デートを重ねるうちに、莉央は海山風のファンというより、海山風である自分に好意を寄せているのではないかと感じるようになっていた。そう感じれば感じる程、過去のトラウマがその先に進むことを躊躇させた。
やがて、その日が訪れた。
「あなたが好きです。付き合ってください」
莉央が真っ直ぐなまなざしを向けている。
「俺は、パソコンに向かってばかりのつまらない男だよ」
つい、そんな言葉を返した。
「あなたは、言葉を口にするのが苦手なんだと思います。昨日、あなたが長い年月をかけて書いた二百三十五作品全てを読み終えました。作品があなたの全てだと思っています。そして、私はやっぱり海山風であるあなたの感性に惚れていると確信しました」
自分の弱い部分も強がりも、嬉しさや悲しみ、喜びや怒りなど、口にしなくても彼女には全て見透かされているような気がした。
交際が半年を過ぎた今も莉央とは変わらず作品の話をよくするが、きっかけとなったあの作品については一切触れてこない。
莉央は、あの作品に込めた自分の思いに気付いていたのだろうか。
「ねえ、風磨君? 天気いいし暖かいからどっか出掛けようよ」
ソファで紅茶を啜りながら莉央が言った。
「ああ、うん。もうちょっと待って」
パソコン画面から莉央に視線を移動させ、風磨は応えた。
「無理、待てない! じゃあいいよ。ひとりで出掛けてくるから」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待って。すぐに用意するから」
立ち上がった風磨は、バッグを手にした莉央の腕を掴むと再びソファに座らせ、慌てて身支度を整えた。
「ね? 春の風が気持ちいいでしょ?」
「うん、そうだな。こんな日に家に籠ってたら勿体ないな」
木漏れ日を浴びながら公園のベンチに腰掛け、屈託のない笑みを浮かべる莉央の頭を撫でていた。
「思い立ったら即行動」の自由すぎる莉央にペースを乱されっぱなしだったが、いつの間にか、そんな彼女に身を委ねてみるのも悪くないな、と思えるようになっていた。
『新作読ませていただきました。夢と現実、愛と孤独。胸にじんとくるものがありました』
その控えめで丁寧な文面に、胸が熱くなる。風磨は込み上げる想いを抑えることが出来なかった。
『会えませんか?』
無謀だとわかっていても、送り返さずにはいられなかった。けれど、予想に反して、莉央からの返信はすぐに届いた。
『夢のようです。是非お会いしたいです』
約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは、風磨の想像とはまるで別人だった。
茶色の巻き髪を揺らし、凛とした足取りで近付いてきた女性を目にし、思わず息を呑んだ。彼女は「莉央」と名乗った。これまでやりとりしてきたメッセージから、もっと控えめでおとなしい人を想像していた。とっさに替え玉を疑ったが、その意図が掴めず、ぎこちなく会釈を交わして、戸惑いを抱えたまま近くの店に入った。
運ばれて来た紅茶に口を付けてから、莉央がゆっくりと話し始めた。
ひとつずつタイトルをあげて、あの場面のどの台詞が心に残ったか、どの描写が胸を打ったかを語っていく。その目はキラキラとしていた。
頬がわずかに紅潮しているのは、紅茶の熱のせいか、それとも話している内容の熱量のせいなのか——。
自分でも忘れていたような過去の作品のことまで莉央がよく覚えていることに驚かされた。しかも、自分が作品に込めた想いや細部にまで気づいていることが、彼女の言葉から伝わってきた。
心から楽しいと思えた時間はあっという間に過ぎ、駅までの帰り道、莉央の横顔を何度も見ては言葉を飲み込んだ。
そして、もう少しで駅に着くという時、湧き上がる感情を抑えることが出来なくなった風磨は、意を決して尋ねた。
「また会えませんか?」
莉央は一瞬驚いた表情を見せてから、「断る理由なんてありません」とはにかんだ。
それから数回デートを重ねるうちに、莉央は海山風のファンというより、海山風である自分に好意を寄せているのではないかと感じるようになっていた。そう感じれば感じる程、過去のトラウマがその先に進むことを躊躇させた。
やがて、その日が訪れた。
「あなたが好きです。付き合ってください」
莉央が真っ直ぐなまなざしを向けている。
「俺は、パソコンに向かってばかりのつまらない男だよ」
つい、そんな言葉を返した。
「あなたは、言葉を口にするのが苦手なんだと思います。昨日、あなたが長い年月をかけて書いた二百三十五作品全てを読み終えました。作品があなたの全てだと思っています。そして、私はやっぱり海山風であるあなたの感性に惚れていると確信しました」
自分の弱い部分も強がりも、嬉しさや悲しみ、喜びや怒りなど、口にしなくても彼女には全て見透かされているような気がした。
交際が半年を過ぎた今も莉央とは変わらず作品の話をよくするが、きっかけとなったあの作品については一切触れてこない。
莉央は、あの作品に込めた自分の思いに気付いていたのだろうか。
「ねえ、風磨君? 天気いいし暖かいからどっか出掛けようよ」
ソファで紅茶を啜りながら莉央が言った。
「ああ、うん。もうちょっと待って」
パソコン画面から莉央に視線を移動させ、風磨は応えた。
「無理、待てない! じゃあいいよ。ひとりで出掛けてくるから」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待って。すぐに用意するから」
立ち上がった風磨は、バッグを手にした莉央の腕を掴むと再びソファに座らせ、慌てて身支度を整えた。
「ね? 春の風が気持ちいいでしょ?」
「うん、そうだな。こんな日に家に籠ってたら勿体ないな」
木漏れ日を浴びながら公園のベンチに腰掛け、屈託のない笑みを浮かべる莉央の頭を撫でていた。
「思い立ったら即行動」の自由すぎる莉央にペースを乱されっぱなしだったが、いつの間にか、そんな彼女に身を委ねてみるのも悪くないな、と思えるようになっていた。



