「風磨? ねえ、聞いてる?」
語気を強めた琴羽の声が、静かなリビングに響いた。
風磨はハッと我に返り、パソコンの画面から視線を外した。
「あ、ごめん。なんだっけ?」
気まずさを隠すように笑いかけたが、琴羽の表情は固いままだった。ソファに腰かけた彼女は、口を尖らせ、腕を組んでこちらをじっと睨んでいる。
「もうっ! 私と小説、どっちが大事なの?」
彼女の口からそんな言葉が飛び出すとは考えもしなかった。
「どっちって……そんなの天秤にかけることじゃないだろ。小説書くのは俺の趣味。琴羽がメイクとかネイルとかファッションとか、自分磨きに夢中になるのと一緒だよ」
言葉に嘘はなかった。だが、それが彼女の胸にどう響くかまでは、正直わからなかった。
「それはわかってるけど……」
彼女は口ごもり、視線を窓の外にそらした。
海山風磨は、友人の紹介で知り合った柏木琴羽と一年前から交際していた。
出会った時、「読書が趣味で、休日は家でのんびり過ごすのが好き」と言った琴羽に、自分と似た感性を感じた。長い間恋人を作らずにいたのは、自分のペースを乱されることを嫌う性格だったからだが、彼女とは波長が合う気がして、交際を申し込んだのは自分の方からだった。
学生時代は、人知れず小説家を目指したこともあり、様々なジャンルの小説を書き続けてきたが、社会人になってからは趣味として、『海山風』のペンネームで小説サイトへの投稿をしていた。仕事以外の殆どの時間を執筆時間に費やしていたが、そのことに彼女は一定の理解を示してくれ、そんな関係に居心地の良さを感じていた。
「ねえ、だから、どっか出掛けようってば」
琴羽の口調からはまだ不機嫌な様子が窺える。
「ああ、うん。じゃあもうちょっと待って」
そう口にしながら視線をパソコンに戻し、ふっと浮かんだ言い回しを忘れないうちに急いで打ち込んでいく。
「もうちょっとって? ……そんなこといつまで続ける気?」
耳を疑うような言葉に、風磨は手を止め眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
さすがに聞き流すことはできなかった。
「……風磨の作品は素敵だと思うけど、そんな人はごまんといる訳だし、小説家として食べていける人なんて、そのうちの一握りなんだよ?」
琴羽の言葉に不快感を覚えた風磨は、思わず心の中で呟いた。
――一度読んだだけで何がわかるんだ。
「だから言ってるだろ? これは俺の趣味だよ」
「なんか……風磨ってつまんない」
風磨は返す言葉を探しあぐねた。
読書が趣味と言った琴羽が読むのは、ファッション雑誌が殆どで、風磨の小説を読んだのは短編をたった一度だけだった。琴羽は読書を趣味としているのではなく、自分磨きの為の情報収集をしているだけだということに、付き合ってから気付いた。
けれど、その甲斐あってか、琴羽の容姿はこの上なく魅力的だった。完成した作品をたくさんの人に読んでもらいたいと思う自分の気持ちと、磨き上げた容姿を披露したいと思う琴羽の気持ちに、違いはないのかもしれない。
それからしばらく経って、風磨は琴羽と別れることになった。
どちらが悪いということではなく、互いが思い描いていた関係に、少しズレがあったということだ。
語気を強めた琴羽の声が、静かなリビングに響いた。
風磨はハッと我に返り、パソコンの画面から視線を外した。
「あ、ごめん。なんだっけ?」
気まずさを隠すように笑いかけたが、琴羽の表情は固いままだった。ソファに腰かけた彼女は、口を尖らせ、腕を組んでこちらをじっと睨んでいる。
「もうっ! 私と小説、どっちが大事なの?」
彼女の口からそんな言葉が飛び出すとは考えもしなかった。
「どっちって……そんなの天秤にかけることじゃないだろ。小説書くのは俺の趣味。琴羽がメイクとかネイルとかファッションとか、自分磨きに夢中になるのと一緒だよ」
言葉に嘘はなかった。だが、それが彼女の胸にどう響くかまでは、正直わからなかった。
「それはわかってるけど……」
彼女は口ごもり、視線を窓の外にそらした。
海山風磨は、友人の紹介で知り合った柏木琴羽と一年前から交際していた。
出会った時、「読書が趣味で、休日は家でのんびり過ごすのが好き」と言った琴羽に、自分と似た感性を感じた。長い間恋人を作らずにいたのは、自分のペースを乱されることを嫌う性格だったからだが、彼女とは波長が合う気がして、交際を申し込んだのは自分の方からだった。
学生時代は、人知れず小説家を目指したこともあり、様々なジャンルの小説を書き続けてきたが、社会人になってからは趣味として、『海山風』のペンネームで小説サイトへの投稿をしていた。仕事以外の殆どの時間を執筆時間に費やしていたが、そのことに彼女は一定の理解を示してくれ、そんな関係に居心地の良さを感じていた。
「ねえ、だから、どっか出掛けようってば」
琴羽の口調からはまだ不機嫌な様子が窺える。
「ああ、うん。じゃあもうちょっと待って」
そう口にしながら視線をパソコンに戻し、ふっと浮かんだ言い回しを忘れないうちに急いで打ち込んでいく。
「もうちょっとって? ……そんなこといつまで続ける気?」
耳を疑うような言葉に、風磨は手を止め眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
さすがに聞き流すことはできなかった。
「……風磨の作品は素敵だと思うけど、そんな人はごまんといる訳だし、小説家として食べていける人なんて、そのうちの一握りなんだよ?」
琴羽の言葉に不快感を覚えた風磨は、思わず心の中で呟いた。
――一度読んだだけで何がわかるんだ。
「だから言ってるだろ? これは俺の趣味だよ」
「なんか……風磨ってつまんない」
風磨は返す言葉を探しあぐねた。
読書が趣味と言った琴羽が読むのは、ファッション雑誌が殆どで、風磨の小説を読んだのは短編をたった一度だけだった。琴羽は読書を趣味としているのではなく、自分磨きの為の情報収集をしているだけだということに、付き合ってから気付いた。
けれど、その甲斐あってか、琴羽の容姿はこの上なく魅力的だった。完成した作品をたくさんの人に読んでもらいたいと思う自分の気持ちと、磨き上げた容姿を披露したいと思う琴羽の気持ちに、違いはないのかもしれない。
それからしばらく経って、風磨は琴羽と別れることになった。
どちらが悪いということではなく、互いが思い描いていた関係に、少しズレがあったということだ。



