「なんだ!?おい、まさか!」
「その|まさかやボケ」
「っ!このっ!!くそアマ!!」
焦る男たちの背後から、ゆっくりとその人物は現れる。数では決して勝てない圧倒的な人数の差に、男たちは追い詰められた鼠のように首をキョロキョロとさせた。
それは先程まで澪たちを傷つけ狩っていたとは思えないほど情けなく、これから襲いくる恐怖に恐れ慄いていた。
男達と同じように澪もわけがわからない。しかし、凛達の表情が、車から降りてくる人々が、盤上がひっくり返ったことを証明する。
「っ!?ぐあっ!」
「なっ、んぐっ!!」
「があっ!!」
一人、またひとりと……回り込まれて仕留められる。次々と狩られる側になる男たちの中で、澪にナイフを突きつけていた者はこの状況に舌打ちをした。
「いつからだ!?いつからおまえら!」
面影庵の黒服の男達によって縄を解かれ、助けられた凛、千代子、栞に向けて叫ぶその姿は実に滑稽で、凛は口の端を上げる。
「最初からや」
「は?」
「全部最初から、最悪を想定しとったわ」
そう自分の首元にあるネックレスを見せる。男は何かを察したのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「発信機ってわけか。くそっ……」
「お凛さん……すごいです」
感嘆の声を漏らす澪は、ここにきて初めて顔を明るくさせた。龍臣からの贈り物だというそれ。それがこんなスマートな一手を忍ばせていたことに、ただただ痺れる。そんな澪に微笑み、凛は縛られたものが全て取り除かれ、その2本の足で堂々と立つと真っ直ぐに相手を見て告げる。
「さあ、早う澪を離し」
その射抜くような声音に怯みつつも男は口元に弧を描いたまま。
「この子がいなきゃ、おまえらは強気になれるんだろ? ──なら、俺は絶対に離さねえよ」
「わっ!」
ナイフを突きつけられながら男に引っ張られてしまえば、いくら味方が多くきたところで澪も逃げ出せない。刺されるという恐怖は未だ続いているから。
「ほんま卑怯やなぁ?まあこんな簡単に返り討ちにされるレベルやし?しゃーないな」
「……くそが」
「お?やるんか?」
「するか、ばかが!」
「おいおい、俺の凛ちゃんに汚い言葉を使うのは聞き捨てならないな」
その声は一瞬でその場を制圧するような、そんな覇気を持っていた。
「遅かったやん」
「これでもダッシュできたんだって」
凛の隣に立ち、余裕そうな笑みを浮かべるのは面影庵の若頭である龍臣。
黒服に取り押さえられている敵の男たちも目を見開く。もちろん澪を捕まえている男もだ。
「おいおい、トップ自らなんて聞いてねぇぞ」
「俺は愛する妻のためなら、どこへだって駆けつけるぜ?」
「ええから、澪助けるんが先や」
「えー?もう凛ちゃん冷たいじゃーん。まぁでも……確かに。今は夫婦イチャイチャはお預けか」
「当たり前。さっさと終わらせて帰んで」
「え!そんなに俺と二人っきりに……」
「はよ」
「はーい、すみませんでした!」
空気が変わった。先程までの緊張感が完全に緩む。龍臣がきたことにより不思議な安心感が生まれる。澪もそう。捕まったままだが、その恐怖心が最初より小さくなっている。
「龍臣さ……」
「はーい、何勝手に助かる気でいんの?」
澪の目の前にナイフを持ってきて、再び恐怖を植え付けようとする男に、やはり体は強張る。そのまま連れてかれる体。
伸ばした手も、叫んだ声も、意味はない。
澪の視界に映る凛たちの姿。
ああ、本当はあの時に……きっとこうなっていたんだと、澪は思う。
始まりの時。真次郎に出会った、最初の夜。
今、ここにいる私は──
あの出会いがなかった時間の先にある、自分のかたち。
脅されて、生きていられたかもわからない。
だからこそ、今がある。
本来の形に戻った、そんな風に思ってしまうほどに。
……でも。
もう、誰かに助けられるだけの物語じゃない。
自分で選び、自分で歩こうとする、物語にしたい。
たとえまだ、誰かの手にすがってしまうとしても──
それでも、前を向きたい。
王子様に助けられるヒロインでは、終わりたくないから。
────
ほんとうの悲しみは
誰かに助けられなかったことじゃなく
自分が、助けられるだけの存在でしか
なかったと
知ってしまった
あの瞬間に
胸の奥で
何かが静かに
音を立てて崩れた
next


