夜を導く光、それは赤い極道でした。


 車に乗せられて連れてこられたのは、澪が初めて極道の世界を目にした場所。

 無数の倉庫が、月明かりを鈍く撥ね返していた。アスファルトに転がる身体。踏みつけられた尊厳。

 ──ここは、“夢”の終着点だった。

 凛たち3人は囲うように佇む男たちを睨みつける。

「あー、うっざい!こんな奴ら一人ならどうってことないのに」

 不機嫌な顔をする栞の両手両足は縄で縛られている。それは、凛や千代子も同様で澪自身も身動きがとれないようになっていた。

「いやー、まさか護衛もつけずにノコノコと夜遊びするなんてね。俺たちはついてる」

 澪の首にナイフを当てたまま(たの)しそうに唱える男。澪は首に触れる刃物の冷たさに青ざめたまま、凛達を見つめる。

「この子ども(ガキ)が、おまえらの所に転がり込んでるって噂は聞いてたからな。捕まえて人質にすればって考えてたけど……こんなに最高な手土産になるとはね」

「こんなんしても無駄やで」

「え?状況わからない?お前らの仲間がきたところで、俺らの優位は変わんないよ?だって……ほぉら」

「っ……」

「澪ちゃん!」

 刃先が肌を撫でた瞬間、冷たさより先に熱が走った。
 それは血の温度──痛みはすぐには来ない。ただ、首が濡れた。

「あーあ、切れちゃった。頭の悪いお姉さん達のせいで痛いねー、可哀想」

 澪の首に赤い線が生じる。ゆっくりと滲むようにしながら垂れる雫も赤。

 澪は切りつけられたショックとズキズキとした痛みで顔を歪める。そんなことをされて、凛達も黙っていられない。地面に転がされた状態から起きあがろうとした凛の頭を一人の男が踏み潰す。

「っ!」

「お凛さんっ!」

 痛みと共に歪む表情。お凛は男を睨みつけて舌打ちをする。

「っ……ぶざけとんな、ほんま」

「……ちょっと、ナイフで切り付けるならこっちにしなさいよ」

「それだと脅す威力が半減するからね」

「はっ、一番弱いその子じゃないと捕まえる自信がないのね。弱い男はやることも小さい……っ!」

 澪に対してナイフを当てる男を見据えて栞が唱えるが、腹に蹴りを入れられてそれ以上言葉を発せなかった。

「お願いします。私は何をされても構いませんから、その子は傷つけないでください」

 千代子が静かに懇願する。得意の微笑みを浮かべてはいるが、いつもより歪だった。そんな千代子も背中を蹴られるが、それでも笑みは崩さない。

「うわっ、きも。こんな状況で笑ってられるなんてな。ほら見てみな?あの人はおまえが怖い思いしてんのに、笑える神経がすげぇよ。酷いよなぁ?」

「そんなっ……」

 そんなことはない、そう澪は言いたいのに声が出ない。千代子は眉を下げて微笑む。その顔が澪の心に刺さる。

 違う、そんなこと思ってない。でも、それが言えない。

 澪は3人に目を向ける。傷ついて倒れる姿が心を蝕む。

 どうしてこうなった?何がいけなかった?
 一人で勝手にトイレに行ったから?
 アイスが食べたいなどと浮かれたから?
 ……王子様を、夢見たから?

 

 違う、そもそもが違う。原因は、ただ一つ。

 

 ──あの日、好奇心でこの場所に足を踏み入れたから……それが最大の過ち。

 

 それがなければ……こんな形で、この人たちを巻き込まなかった。


 

「……めん、なさい」

 全部、ぜんぶ。自分のせい。

「ごめ、ん……なさいっ」

 無関係のままでいられたら、こんなことにはならなかったのに。

「っ……ごめんなさい……っ、私のせいで……!」
 

 振り絞った声は思ったよりも大きく響く。悲痛な想いを宿した嘆き。

 それが気に入らないのか男は澪の目の前にナイフをチラつかせる。

「うるさい子には痛みで躾けないとわかんないかなぁ?」

「っあ……」

「やめろ!それ以上手ぇ出すなや!」

 凛が顔を踏み潰されたまま叫ぶ。

「澪!あんたも謝るな!」

「でもっ……」

「仮にもうちの組にいる女が、簡単に弱さ見せたらあかん」

「ちょっと、勝手にペラペラ喋るのやめてくれる?」

「黙っとけやボケ、ええか澪」

 痛みがあろうと、決して折れない心。その姿はいつだって……

「下向くんやない、言うたやろ。顔、あげぇ」

 

 ──強く美しい。

 

「絶対、生きて帰るで」

 

 安心させるような顔で微笑んだ凛に、澪は息を呑む。それは、千代子や栞も同じ。3人の表情は、こんな最悪な状況でも、沈んではいない。

 これが、極道の妻。どんな逆境でも、這い上がる。
 極道の世界に生きると決めた人の、生への執念の覚悟。

 ──自分も、ああなりたい。
 あんな風に、手を差し出せる側に……誰かの手を引けるくらい、強くて優しい人に。
 たとえ、今は震えていても──

 声にならないその決意は、澪の胸の奥で静かに火を灯した。

 

「芝居、気取ってんじゃねぇぞ」
 

 男の声と共に凛は腰を蹴られるが、痛みを堪えるように歯を食いしばる。そして……
 
 
「私らを囮に組の中枢落とすつもりやったんやろ?そちらさん」

「そうだけど?」

「そら、残念やったなぁ」

 
 

 ──不敵に笑う。


 

 

「ゲームオーバーや」


 瞬間、鳴り響くエンジン音。どこからともなく現れた複数の車。それは澪たちを囲むように停車する。

 つまり、男たちも……


 形勢は一気に逆転した。


 ────


 やさしさは、
 涙の先にあるって──

 しらなかった。

 手を差し出すその指先が、
 痛みを知っているなんて

 教えてくれたのは、
 涙じゃなく

 強くて、美しい

 あの、背中だった。
 
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