怖い。声が出ない。足も動かない──助けて、って言えない。
まるで、自分が透明な存在になったみたいだった。その動揺が体に伝わり、震える。
そんな澪に男たちは笑うだけ。楽しそうにではなく、馬鹿にしたような声音が響く。
「おい、外に車まわしてるって」
「オケ。じゃあ、行こっか」
スマホで通話をしていた一人の話に澪の手首を掴んでいる男が頷き動き出そうとする。車に乗せられたらどうなってしまうのか?どこかに連れて行かれる?
「いや、です……離してっ」
「ざーんねん。離しませーん」
「っ……はな、」
「何、気安く触っとんねん」
その声に、心が跳ねた。忘れるわけがない。──助けてくれる人の声だ。
「その汚い手、さっさと離せやドアホ」
凛々しく立つ、凛の姿がそこにあった。
「お凛、さん……」
「えええ?こっちのお姉さんめっちゃ可愛いじゃん」
「お姉さんも一緒にくる?」
「アホか、去れボケ」
「うーわっ、辛辣」
「じゃあ、この子だけでいーや」
男たちが凛の方に向かって歩く。絶対に邪魔をされないという自信。完全に舐めてかかっている。
それを気づかない、寧ろ利用しない凛ではない。
「──っ!?」
「ちっ、当たらんか」
ヒールの踵が、唸るような音を立てて宙を裂いた。避けられたものの、男たちの動きが一瞬止まる──その隙に、千代子と栞が凛の背に並んだ。そこだけ異様な空気を放っていた。
「凛ちゃん、この状況は?」
「見ての通りや」
「なら何をしても正当防衛ね」
臆することも怯むこともしない3人の目つきは鋭い。先程までは澪に対して向いていたそれ。今はなんとも心強い眼差しに、澪は胸が熱くなる。
この人たちは、ずっと……ずっと、守る理由がなくても、守ろうとしてくれているんだ。
──自分が何もできない子どもだから。
「えー、なんかすっごいゾロゾロでてきてくれた?」
「探す手間省けたな」
「なんやて?」
「ああ、まだわかんない?こーいうこと」
男が澪の首にナイフを突きつける。首筋に冷たい刃が触れた瞬間、全身の血が凍った気がした。
「逆らったら、一番綺麗な場所から切り取るよ」
「っ……」
「大丈夫、跡は残さないようにするから」
軽いのに、ねっとりと絡みつくような低い声音。不気味な静けさの中、澪は目を丸くした。それは、凛達も同じ。
「獲物出すなんて、意味わかっとるんか?」
「わかってるけど?この子を使ってこうして脅せば、おまえら言うこと聞くしかないってことがな」
「なに、こいつら」
「……まさか」
千代子が何かに気づくのと同時に、男達は饒舌に喋り出す。澪を連れて一歩ずつ近づきながら。
「そのまさか。俺らと一緒に来てもらうよ?──面影庵のみなさん」
男の笑い声に反比例して、凛達の顔は険しくなるばかりだった。
******
2台の車に2人ずつ乗せられて、澪はますます気が動転した。首にナイフは当てられたまま、両隣に知らない男。幸い、前の席に凛がいることだけは澪にとって心強かった。
けれども状況は好転しないまま、走り出す車内で重苦しい気持ちになる。
「声もかけてあげないのー?こんなに震えてるのに」
澪の隣で先程からナイフを当てている男が嘲笑う。それは澪へではなく、凛に向けて。
「それにしても面影庵にこんな隠し球があったなんてね、弱点の方の」
「その子は無関係の子や。あんたらも堅気に手だすんは忍びないやろ?やめとき」
「おまえらを潰せるならどうとでも?」
「ほんま、クズやな」
「そのクズにいいように使われてんのそっちね?ザコすぎ」
凛と男のやり取りの最中も澪の首のナイフはどかされない。常に死への恐怖の中にいることに、澪はたまらなく不安になる。
「澪。顔あげぇ」
俯いたままの澪にかける凛のその声音は、荒っぽくも温かい。
「お凛さん……」
「絶対生きて帰れる、大丈夫や」
「っ……」
「ずいぶん余裕じゃん。そーいうの邪魔するの楽しいよねー」
「かよわい女子の戯言と思って聞き流すんも、粋な男の特徴やで」
「さすが、若頭の妻は口が達者だ。それもいつまで保つかな」
目の前の凛の存在と首元のナイフの感触。
車がカーブを曲がるたび、ナイフが肌に食い込んだ気がした。
妙に非現実的だなと、澪は思わずにはいられなかった。
────
ねぇ、わたしは
ただ 信じていただけなんだ
大人の言葉よりも
あの人の手のぬくもりを
けれど その背で
どれほどの火に 焼かれてきたのか
知らないまま 名前を呼ぶことが
どれほど 罪だったのか
──「守られている」は
ときに 最も重い呪いになる
それでも あの声が呼ぶなら
わたしは、逃げずに 答えたい
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