「あははははは!もうっ、ほんと最高なんだけど。なにこの子、逸材すぎない?」
「澪っ、はははっ!あー、本当に面白いなぁ」
「真次郎の野郎が賢くみえんのも笑える、くっ……」
「おいおまえら、締まらねぇじゃん。落ち着け……っ、ははははは!」
いつもはクールに決めている幹部の意外な一面に真次郎の方が目を丸くする。澪は自分の発言のせいなのに、笑い転げる大人たちをみて一言。
「なんだか愉快な方々ですね」
「おまえ、もう黙れ」
「あー……やめだやめだ。極道っぽくすんの意味ないわ」
若頭が笑いながら、信昭へと目配せをする。彼も彼で先程までとは違い純粋に柔らかな笑みを浮かべていた。
「悪いな、澪とか言ったか?堅気の奴に対して少々手荒な歓迎をしちまったな」
「ごめんねぇ?そこの真次郎も幹部っていう立場もあるから、おいそれと一般人連れてきてるのは他の子たちに示しがつかないからさ」
2人の発言からして、澪に対しての変化は明らか。真次郎は澪が何かを言われることはなくなったことに安堵しつつも、心境は未だ複雑。
反応が良くても悪くても、この世界に巻き込んだ事実は変わらないから。
自分のように、世界がガラリと変わることは免れないから。
「まっつんにはしてやられたな。俺らの興味そそるように仕組んでただろ」
口元に弧を描く若頭に、ニコニコと笑みを絶やさない松野。想定通りに導き出せたことにひとまずは満足していた。
「いえいえ、久我ちゃんが大活躍でしたよ。私の人選は間違ってはありませんでしたね」
「てめぇ、俺が放置してたらどうしてたんだよ」
「久我ちゃんはそんなこと無理でしょう。真面目ですから」
「うんうん、久我ちゃんは面倒見もいいしねぇ。なんなら、このまま澪ちゃんのお世話係になったら?」
信昭の発言に主に久我山と真次郎が反応し即座に拒否をする。その顔は必死そのもの。
「絶対嫌だぜ俺は。なんでこんなガキのお守りしなきゃなんねぇんだ」
「こいつに世話係なんかいらないっしょ!屋敷でおとなしくさせとけば……自由にさせたら何するかわかんねぇし」
「お二人とも、そんなにシャウトするなんて……照れ隠しですか?」
「ちげぇわ!」
「ほらな?こいつ人の話きかねぇから嫌なんだよ」
久我山の本当に嫌そうな表情に、信昭は笑うだけ。それは何を言っても意味はないという暗黙の返しであり、皆が承知のこと。
「でもさ、真次郎の話なら敵組織を片付けない限り澪ちゃんを家に帰すわけにはいかないでしょ」
「それはっ、そうっすけど……」
「ということは、うちの組にしばらくいてもらう必要があるわけで。澪ちゃん自身の普通の生活はある程度自由にしてあげないと、だって高校生でしょ?学校もあるよね?」
「ありますね。高3の一年は進路への大事な時期だと先生も話していました」
「ほらぁ、未来ある若者の選択肢を狭めるのはよくないよね」
「そうですよ、私の夢のためにはしっかり勉強に励まないとなりません」
「おまえ、夢なんてあんの?」
「失礼な、立派なものがありますよ」
「へぇ?澪の夢ってなに?」
松野に問われて澪は至極真面目な顔をした。
「それはもう、乙女の夢といえばシンデレラ一択でしょう」
「はい、ダウト」
「バレバレの嘘つくな」
「それはねぇわ」
上から順に松野、真次郎、久我山に間髪入れずにつっこまれてしまう澪。澪自身は適当なことを言っただけなのだが、こんなにも否定をされるとは思わず、ある意味感心はした。
「みなさん、私のことがよくおわかりで。そんなに好きでしたか」
「すごいね、この子。ポジティブすぎ」
「ああ、メンタルだけならうちでやっていけそうだな」
信昭に若頭が同意するくらい、澪という人間の精神はなかなかに余裕綽々。見ているだけならいいが、いざ自分が関わったら疲れるのは理解したのか、信昭の意見は相変わらず久我山を澪のお付きにつけようと目論んでいた。
「そのシンデレラの夢のためにはさ、学校は行かないとあれだろうし。送迎とかはやっぱ必要じゃん?後はそうだね……組の者にも変に絡まれると大変だろうから、そのためにも幹部の御付きがついてた方がいろいろいいよね」
「それは、まあ……」
「なら、俺がやりますよ。こいつの付き人」
久我山に決まりそうな空気の中、異議を唱えたのは他でもない。澪の隣で、ずっと彼女が極道の世界に染まりすぎるのを阻止したいと思っている真次郎だ。
「もともとは俺が招いたミスからだし、責任をとるなら俺がすべきっしょ。それが、筋を通すってことでしょ?」
真次郎の表情は真剣。澪は彼の横顔を覗き込む。綺麗な緋色の瞳は、真っ直ぐに若頭を見て動かない。
「俺で問題、ないっすよね?」
────
──誰かの運命を背負う時、
笑いは、ただの幕間になる。
背を向けずに差し出した手。
覚悟とは、名乗らずとも光る。
澪を守ると決めたその瞳に、
若頭も、組の空気も、たとえ鋭利な刃になったとしても──。
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