夜を導く光、それは赤い極道でした。




 閉ざされた籠は、守りか、囚われか。
 価値を剥がす声が、静かに軋む。
 だが、ひとひらの笑いは仮面となり、
 揺らぐ影を裂いてゆく。

 切り札は、まだ伏せられたまま。
 命か、情か、覚悟か──
 試されるのは、越える者の一線。

 ────
 

 夜の帳が静かに街を覆う。
 闇に溶け込むように、ひとつの影が忍び寄る。

 青の御面──青龍の面が紅に濡れる。
 トンファーを片手に、音もなく現れた“始末屋”。面影庵(おもかげあん)の、処刑人。
 
 実働処理部隊隊長──松野。
 汚れ役・処理役。暗殺や制圧、手を汚す仕事を一手に担う“刃”。

 薄暗い部屋では、数人の男たちが息を潜め、ひそひそと囁いている。
 乏しい灯りの下で、不安と緊張だけが膨らんでいた。

 ──その時、鋭い動き。

 スパッ。
 喉元を裂かれた男が、声もなく崩れ落ちる。

 逃げ出したもう一人の足に、トンファーが絡みついた。
 一歩踏み込み、肘で顎を砕き、肋骨を確実に叩き上げる。

 物陰で震える男が、半ば口を滑らせかける。

「あ(・)の(・)子(・)ど(・)も(・)を攫ったのは……っ、あいつら、ベルモ──」

 ──バシュッ。

 トンファーの柄が口元に飛んだ。言葉は絶たれ、音もなく沈黙が降りる。

「……拾えたな」

 低く、淡々と呟いたその一言。

 倒れた死体と、こぼれ落ちた“情報”。

 青龍の御面が、月明かりに濡れて、嗤ったように光った。
 
 それは死神の仕事。無慈悲にして、必要なだけの非情な優しさ。

 その面の奥には、怒りも哀れみもない。
 ただ、命を刈り取るためだけに存在する冷笑が浮かんでいた。
 
 

******

 夜の静寂を、破壊音が裂いた。
 ──激しい銃声。吹き飛ぶ扉。

 久我山(くがやま)が御面を装着していた。
 漆黒と深翠の玄武模様。背負うのは、“覚悟”とその責任。

 向かうのは、面影庵(おもかげあん)傘下の一つ。
 中間幹部たちが匿っていた、裏切り者の巣。

 久我山の手には、組でも“ここぞ”というときにだけ現れる重火器──バズーカ。
 普段は己の拳ひとつで戦場を駆ける男だが、今夜は例外だ。

 混乱する男たちを睨み据え、彼は言い放つ。

「面影庵(おもかげあん)に、裏切り者の居場所はねぇ」

 拳が唸り、弾丸が貫き、裏切りの影が一掃される。
 その姿はまるで、正義の皮を被った破壊神。

 紅に染まる玄武の面が、炎と煙の中でいっそう凶暴に光った。

 だが、その光の裏で、彼の胸には重いものが沈んでいた。
 仲間を裁く拳は、己の心をも削り取っていく。
 それでも──止まることだけは許されなかった。
 

******

 地下の廃工場。
 赤錆びと鉄、そして血の匂いが満ちる空間。

 そこに立つのは、真次郎(しんじろう)。
 赤地に金の装飾を施した、彼の御面が静かに揺れる。

 拳銃を手に、蹂躙された敵の拠点に立ち尽くす。
 床に転がる死体、まだ熱を残す薬莢。呼吸だけが生々しい。

 真次郎は面を外し、乱れた息を整えながら、血を踏みしめて歩く。

 その時──

「わぁ……やっぱジロくんって、動きに華があるよねぇ」

 軽い声が、鉄パイプの陰から響いた。
 現れたのは倖(こう)。スマホを弄びながら、無防備に近づいてくる。

 笑っている。けれど、その目は笑っていない。
 蛇のように冷たく、鋭く、光っていた。

「……何のようだよ」

 低く、冷えた声。真次郎の不機嫌は隠さない。

 けれど、倖は気にも留めず、ひょいと肩をすくめる。

「“Cライン”に潜ってた子たちがさ、『ベルモンド』って名前、ぽろっと出してた。証拠、送っといたよ。……例の、専用(お取引)アドレスに」

 真次郎は拳銃を構え直し、睨みつける。

「おまえのやり口は、やっぱ無理」

「でもさあ、今きみが撃ち抜いた連中の位置、俺が洗ってなかったら、ここに辿り着けなかったんじゃないの?」

 スマホの光が、倖の笑みを照らす。
 その笑顔の端には、確かな毒がにじんでいた。

「ねぇジロくん、俺たちって──もう共犯でしょ?」

 静寂。空気が張り詰める。

 真次郎の目が、細く絞られる。

 倖は微笑んだまま、まっすぐ言い放つ。

「もう近づいてるよ。ずっと前からね」

 拳の節が軋む音が、空間に滲む。

「澪(みお)ちゃんがいなくなると、困る人、いっぱいいるんだよ?だから俺は、囲って守る。情報でね」

 挑発は止まらない。倖はさらに踏み込む。

「ジロくんみたいに、撃って排除するだけが守りじゃないんだよ?」

 ──沈黙。
 銃口はぶれない。だが、引き金にも触れない。

「……次は、警告じゃない」

 その声には、確かな怒気が込められていた。

 倖は肩をすくめ、くすくすと笑いながら背を向ける。

「じゃあ、次も楽しみにしてる。……報告は、ちゃんとしといてね。きみの手柄になるから」

 真次郎は何も言わず、その背を見送る。

 澪を守るためのはずの道が、倖と交わるたびに濁っていく。
 それを理解しながらも、今は切り捨てられない──その矛盾が、真次郎の拳をさらに重くした。

 交わらない二人。
 けれど、“澪”という一点で、火花を散らし続けている。

 ──そして、“交差”は、まだ始まったばかりだった。


 ────

 刃は夜に沈み、
 炎は闇を裂き、
 華は血を纏う。

 けれど交わるのは、
 ひとつの名のもとに。

 ──澪。

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