――この世界で、
“本気”なんて信じたことなかった。

 

暴走族《轟焔》。
5人の幹部たち。

 

冷たい瞳のカリスマ総長・九条 玲央。
寡黙で鋭い副総長・朝比奈 凪。
無感情の知性派・三影 隼人。
癒し系だけど年下の小悪魔・羽瀬 悠馬。
野性と優しさの狭間にいる男・志摩 蓮。

 

そして――
まさか最後に姿を見せたのが、
学園理事長の御曹司で、わたしの婚約者候補だった男だなんて。

 



 

 あの日のように、玲央に連れられ廃工場にいた時。



 「よう、久しぶり。お姫様」

 

 その声を聞いた瞬間、空気が凍った。
 黒のスーツ。高級時計。癖のないストレートな黒髪。
 誰よりも整った容姿に、どこか冷たい笑みを貼りつけたその男――

 

 響 真澄(ひびき ますみ)。
 わたしの父が「この子となら」と言った相手。
 だけど、わたしが生涯、絶対に恋なんてしないと決めていた男。

 

 「理事長の息子が、なんで《轟焔》なんかに……」

 「“なんか”とは聞き捨てならないなあ。
 俺、一応このチームの創設メンバーなんだけど?」

 

 彼はにこっと笑いながら、わたしの一歩前に出た。
 そして、あとの4人を見回して、言った。

 

 「で? 君ら、もうどれくらい“好き”になっちゃったの?」

 

 「……響」
 玲央の声が低くなった。

 

 「遊びに来たわけじゃないだろ。何が目的だ」

 

 「目的なんかないよ。
 ただ――気づいちゃったんだよね。
 俺、この子のこと、ちょっとだけ本気になってた」

 

 その瞬間、
 わたしの世界が、ほんの少しだけ軋んだ。

 

 「……やめて」
 喉の奥から絞り出した声。

 「あなたは、“そういう気持ち”を簡単に口にしていい人じゃない」

 

 「でも、誰よりも先にキミに“キス”したの、俺じゃなかったっけ?」

 

 「っ……!」

 

 それは、まだ幼かった頃の記憶。
 形式だけの婚約話を取り交わしたその日。
 彼はわたしの手の甲に、口づけた。

 

 それがどうしようもなく気持ち悪くて、
 泣きそうになったことを思い出した。

 



 

 「で、君たち全員がこの子に夢中で、
 誰が一番になれるか、ってことで競争でもしてるの?」

 

 「ふざけるな」
 凪が低く唸る。

 

 「お前だけは、近づけたくなかった」
 隼人が眉をひそめる。

 

 悠馬が一歩前に出て、手を広げた。

 

 「梨桜ちゃんに傷つけることするなら、俺、容赦しないから」

 

 「ふん」
 蓮は鼻で笑って、響に近づいた。

 

 「――覚悟しとけ。あいつの涙だけは、俺が絶対に見たくない」

 

 全員が一斉に、わたしを“守る”位置に立った。
 誰ひとり、軽い気持ちなんかじゃなかった。

 

 ――その瞬間、心の奥で何かが決壊した。

 

 わたしは泣いていた。
 涙が、頬を伝っていた。

 

 誰にも、泣き顔を見せたくなかったのに。

 

 だけど。

 

 その涙を最初に拭ったのは、玲央だった。

 

 無言で、優しく、指先で。

 

 「泣くなよ。お前は俺たちにとって、特別なんだから」

 

 その言葉が、あたしの世界を優しく抱きしめた。