――この世界で、
“本気”なんて信じたことなかった。
暴走族《轟焔》。
5人の幹部たち。
冷たい瞳のカリスマ総長・九条 玲央。
寡黙で鋭い副総長・朝比奈 凪。
無感情の知性派・三影 隼人。
癒し系だけど年下の小悪魔・羽瀬 悠馬。
野性と優しさの狭間にいる男・志摩 蓮。
そして――
まさか最後に姿を見せたのが、
学園理事長の御曹司で、わたしの婚約者候補だった男だなんて。
◆
あの日のように、玲央に連れられ廃工場にいた時。
「よう、久しぶり。お姫様」
その声を聞いた瞬間、空気が凍った。
黒のスーツ。高級時計。癖のないストレートな黒髪。
誰よりも整った容姿に、どこか冷たい笑みを貼りつけたその男――
響 真澄(ひびき ますみ)。
わたしの父が「この子となら」と言った相手。
だけど、わたしが生涯、絶対に恋なんてしないと決めていた男。
「理事長の息子が、なんで《轟焔》なんかに……」
「“なんか”とは聞き捨てならないなあ。
俺、一応このチームの創設メンバーなんだけど?」
彼はにこっと笑いながら、わたしの一歩前に出た。
そして、あとの4人を見回して、言った。
「で? 君ら、もうどれくらい“好き”になっちゃったの?」
「……響」
玲央の声が低くなった。
「遊びに来たわけじゃないだろ。何が目的だ」
「目的なんかないよ。
ただ――気づいちゃったんだよね。
俺、この子のこと、ちょっとだけ本気になってた」
その瞬間、
わたしの世界が、ほんの少しだけ軋んだ。
「……やめて」
喉の奥から絞り出した声。
「あなたは、“そういう気持ち”を簡単に口にしていい人じゃない」
「でも、誰よりも先にキミに“キス”したの、俺じゃなかったっけ?」
「っ……!」
それは、まだ幼かった頃の記憶。
形式だけの婚約話を取り交わしたその日。
彼はわたしの手の甲に、口づけた。
それがどうしようもなく気持ち悪くて、
泣きそうになったことを思い出した。
◆
「で、君たち全員がこの子に夢中で、
誰が一番になれるか、ってことで競争でもしてるの?」
「ふざけるな」
凪が低く唸る。
「お前だけは、近づけたくなかった」
隼人が眉をひそめる。
悠馬が一歩前に出て、手を広げた。
「梨桜ちゃんに傷つけることするなら、俺、容赦しないから」
「ふん」
蓮は鼻で笑って、響に近づいた。
「――覚悟しとけ。あいつの涙だけは、俺が絶対に見たくない」
全員が一斉に、わたしを“守る”位置に立った。
誰ひとり、軽い気持ちなんかじゃなかった。
――その瞬間、心の奥で何かが決壊した。
わたしは泣いていた。
涙が、頬を伝っていた。
誰にも、泣き顔を見せたくなかったのに。
だけど。
その涙を最初に拭ったのは、玲央だった。
無言で、優しく、指先で。
「泣くなよ。お前は俺たちにとって、特別なんだから」
その言葉が、あたしの世界を優しく抱きしめた。

