かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜

辻原(つじはら)桜帆(さほ)さん」
名を呼び、こちらを見据えてくる一対の双眸(そうぼう)からは、感情が読み取れない。

固唾をのんで彼の言葉を待つ。

「俺と、結婚してもらえないか」

はい? 今なんとおっしゃいました!?
身体も頭も硬直するわたしをよそに、目の前の彼は、あくまで落ち着きはらっていて。

「あの…久我常務、それはどういう…」
ようやく言葉をしぼり出す。

「ああ、つまり———」
彼はまるで経営戦略を語るようによどみなく話し始めたのだった。

「形だけでかまわない。俺が自由に生きるためなんだ」

形、自由…いや、意味が分からない。

自分はいずれ会社から独立して事業を立ち上げたいのだと、彼は続けた。
「どうしても敷かれたレールというのが窮屈な性分でね。幸い後継として申し分のない兄がいるし、親族にも有能な者は多い。それに血縁にこだわらず優れた人材を取り立てれば、久我ホールディングスは問題ない」

口にしながら長い指で前髪をかきあげる。そんなさりげない仕草も絵になる人だ。
って、そうじゃなくて…話の流れが見えてこない。