かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜

そうだった。とことん何かに縛られるのが我慢ならないのだ、この人は。

「世界は広いんだ、辻原さん」
運ばれてくる料理を平らげながら、透さんはそんなことをわたしに語ってくれた。

久我ホールディングスでは、社長の息子、常務などと持ち上げられていても、日本を離れればほとんど無名の存在だ。
会社の名前に頼らず、一個の人間として自分の力を試してみたいと、そんな話だった。

どうしよう…この人は内面もカッコいいかもしれない。
「海外で事業をされたいんですか?」

その通り、と透さんはうなずく。
「具体的にはニューヨークで。人種も国籍もバックボーンも様々な人が集まる世界一の国際都市だ。日本での家柄どうこうなんて、つまらないことだと感じないか」

話が壮大すぎて実感がわかない。透さんなら難しいことではなさそうだけど、
ニューヨークって当たり前だけどあの、アメリカにあるニューヨークだよね。
脳裏に星条旗がはためき、巨大な自由の女神像が出現する。わたしのニューヨークのイメージはそこ止まりだ。
「えっと、ということはもし結婚したらわたしもニューヨークに住むんですか?」

自分で口にしながら、結婚という単語に内心ひやりとする。