かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜

スッと襖が開いて、お運びの女性がお通しを並べて飲み物を聞かれる。料理はコースのようだ。

わたしは烏龍茶を頼み、彼は日本酒だった。「灘を」と短く告げる。

お通しは茄子の翡翠仕立て、なるものだった。
器も素材もよく吟味され、板前が(すい)を凝らした一品のはずなのに。緊張で味がろくに分からないのが悲しい。

「顔色が良くないな」
無言で茄子を口に運ぶわたしに、彼がつぶやく。

そうかもしれない。母と祖母にも体調が悪いのかと心配されてしまった。

「悩ませてしまったなら申し訳ない」
彼の表情は神妙で、口調も丁重だった。

そんなに悪い人でも怖い人でもないのかもしれない。そうであって欲しいという願望もこめて。
「常…透さんとわたしとでは、やはり住む世界が違いすぎると思います」

「同じ地球に住んでる人間だよ」

「そういう意味ではなくて…」
分かってるくせに。
仕立てのいいスーツを一分の隙もなく身につけて、高級料理店の個室でくつろいで食事ができる人。
この一週間で、あらためて彼のプロフィールを何気なさを装って他の女性社員に確認してみた。