かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜

そうだった。
前期、社長から全社員に、原則役職呼びではなくさん付けを適用するようアナウンスがあったのだ。
役職は職場における役割を表すものであり、上下関係や隔たりを生まないようにという意図からだった。
社長にそれを進言したのは、常務だったという。今、目の前にいる人だ。

とはいえみんな慣習で、つい「部長」や「課長」などと呼んでしまっていたりはするけれど。

「えっと久我さん」

「んー、うちの会社には久我が何人かいるから、下の名前でお願いしたいな。ちなみに僕の名前は透と言います」

知ってますって、と内心ぼやくものの、彼に転がされてしまう。
「透、さん。形だけと仰いましても、結婚は法的なものです」

「だからきちんと入籍する。法的に夫婦になるんだ。そうでないと親は納得しないだろう」

「それでいいんですか!?」
わたしは唖然としてしまった。
「人生の伴侶って大事な問題なのに、そんな…社員から選んだだけの相手と見せかけの夫婦なんて…」
虚しくないんだろうか。