沙雪ちゃん達と解散して、スーパーに寄ってから平田家に帰宅した私達。

「疲れたね~」

 なんて言いながらギュッと後ろから抱きついてきて、肩にトンッと顎を置く郁雄。傍から見たらカップルのような雰囲気だろう。でも私達は、正真正銘ただの幼なじみです。お互い恋愛感情なんて一切なし。

「もお、重い。離れてよー」
「やだぁ。だって友妃ちゃん気持ちいいんだもん」
「え、なにそれ。太ったって言いたいわけ?」
「違うって~。そんなこと一言も言ってないよぉ」

 郁雄はスキンシップが激しめというか、距離感掴めなさすぎるというか、きっとなにも考えてないんだと思う。暇さえあれば私にくっついてる、猿の赤ちゃんみたいな? まあ、私もこの行為自体なんとも思ってないし、気にしたこともないから別にいいんだけどね? だってこれが当たり前なんだもん。

 だけど、年々逞しくなっていく郁雄にちょっと男を感じてしまう部分は……ぶっちゃけある。

「僕も切ったり炒めたり手伝おうか?」

 なんですと? お願い、頼むから何もしないでおくれ。なにもしないことがお手伝い~みたいな。郁雄にさせられることなんて……うーん、ないな、なにもない。

 だってなにをやらせても大惨事になるんだもん! 焦がしちゃったぁなんて可愛いもんよ。爆発するわ火傷するわは当たり前。包丁なんて持たせた日には、ヤクザの落とし前か! って勢いで指を切り落としそうになってるし、包丁がピュンッと飛んでいくわで修羅場と化する。

 なにもさせられん、そんな子にはなにもされられませんよ!?

「えーっと、ははっ、応援してほしいな? がんばれー! って応援してほしいなぁ?」
「はぁ~い!」
「ははは」

 ひたすら私を抱きしめながら郁雄は律儀にずっと応援してくれている。「友妃ちゃんがんばれ~」って。郁雄がひっついてるからぶっちゃけ料理しづらいんだけど、これはこれでもう慣れよね。郁雄の存在を自分の体の一部だとして受け入れて動くしかないのよ。


 ── 夕食時

「「いただきま~す」」
「うわぁ、美味しそうだね? 友妃ちゃん」
「召し上がれ~」

 口いっぱいに頬張ってモグモグ食べている郁雄が本当に可愛くて可愛くて。幼なじみっていうよりは、弟? みたいな感じで本当に癒されるぅ。このまま純粋な子に育ってほしい、それが姉(私)の願いです。

「おかわり~」
「はいはい、どんどんお食べ」

 それにしてもよく食べるなぁ、郁雄。まだ背伸びるのかな? 昔は私より全然低かったのに中学入った頃くらいからかな? グングン伸びてったもんなぁ。こんなに食べても太らないし、郁雄ってバランスがいいんだよね。スタイル良き、ビジュ良き。こんなとろくさい男なのに意外と筋肉質でがっしりしてて、手の甲とか腕の血管とかやばいし、本当にギャップ萌え。

「ん? なに、どうしたの? 友妃ちゃん」

 幼なじみが目の保養になりすぎててツラい。

「ううん、なんでもない」
「? そっか。ごちそうさまでした~! 美味しかったぁ、ありがとう友妃ちゃん」
「いえいえ」
「片付けは僕に任せてよ!」

 任せられるかぁぁい! ちょいちょい! 待たれよ待たれよ! いいよいいよ、なにもしなくて! 郁雄は存在してくれているだけでいいの、私はそれ以上のことは何も望まない!

「ははっ、いやぁ参ったなぁ? 今日の星座占い、ラッキーアイテムが皿洗いだったんだよね~私」

 ごめん郁雄、適当を言う私をどうか許して。

「へえ、そうなんだぁ。なら友妃ちゃんから皿洗いを奪っちゃうのはよくないね~?」
「うんうん、よくないよくない」
「うーん、どうしよう」

 悩むな、なにもするな、それが私の願いよ。私が勝手に郁雄の世話を焼いてるだけなんだから、郁雄はそれを無条件に受け入れてくれれば、それだけでいいの。それに私達の仲でしょ? 手伝わなきゃ、なんて気遣わないでよ。

「ゲーセンもクレープもアイスもタピオカも全部奢ってもらっちゃったし(食べすぎ)、私にできることは私が全部やるから、郁雄をゆっくりしてて?」
「んー? そんなこと気にしないでよ~。そういうのは男の僕に払わせとけばいいんだって~」

 うちもどちらかといえば裕福な家庭ではあるけど、郁雄ん家はうちの比じゃないほど裕福というか、もうレベルが違う。郁雄は社長の息子である。

「次は私が奢るから、ちゃんとお小遣いだってあるし」
「……あ、ならお風呂掃除でもしてこよっか~?」

 いやいや、なんでそうなるのー!? やめなさい、そんなこと絶対にやめなさい! 死ぬよ!? 冗談抜きで。洗剤で足を滑らせてすってんころりすっとんとんしてお亡くなり~の未来しか見えない、泣く! 危ないからやめて!?

「ははっ、いやぁ参ったなぁ? 今週の星座占い、ラッキーアイテムがお風呂掃除だったんだよね~私」

 うん、これはさすがに無理がある。ちらりと郁雄に視線を向けると……ほら、郁雄すっごい顔してるじゃん。もう疑いの目でしか私を見れてないじゃん。

「ただいま~郁雄来てるの~? って聞くまでもないか」
「こんばんは~、お邪魔してます」
「おかえり、お母さん」
「おばさん聞いてくださいよ~。友妃ちゃんってば僕のこと信用してくれないんだよぉ? 何もやらせようとしてくれないんだ……」

 えぇ……そんっな悲しい顔しないでぇ? お母さんも「可哀想な郁雄、最低な友紀」とか言いながら哀れんで郁雄の背中擦るのやめてぇ? なんでそっちの味方なの、お母さん。

「はぁ、もう……どうなっても知らないよ? 私は」
「いいんじゃなーい? 郁雄の好きにさせれば」
「うん! 任せてよ!」

 張り切って去っていく郁雄を儚い笑みを浮かべながら見送った私。シャワー壊れませんように、浴槽爆発しませんように、郁雄がお亡くなりになりませんように。私はそう強く願った。

「うわぁぁっ!!!!」

 ほらね、言わんこっちゃない。

「お母さん」

 じろりと睨みつけると、下手くそな口笛を吹きながら部屋へ行こうとするお母さん。

「ほら、友紀の出番でば~ん」
「もう!」

 私は渋々郁雄のもとへ向かった。

「郁雄、生きてる?」
「ご、ごめん……」

 びしょ濡れになっている郁雄を見て、『うん、異常なし』と即座に判断する私。

「怪我なし、破損なし、爆発なし……っと。もうそのままシャワー浴びていったら?」
「うん、そうする。ごめんね? 友妃ちゃん。僕っ」
「いい、皆まで言うな」
「ありがとう、友妃ちゃん」
「おうよ」

 満面の笑みを浮かべながら浴室のドアをゆっくりと閉め、リビングへ向かってる最中の私はスッと真顔に戻っていく。

「はぁ。なーんでこうもとろくさいかなぁ、郁雄は」

 こんなんじゃなんにもさせらんないし、私がいなきゃ本当に死んじゃうかも、即死だよ。郁雄にはやっぱり私が必要かな?

「恋愛も友達も来世に期待しよ」