── 下校後、ゲーセンにて

「だぁー! くっそ! 取れないじゃん!」
「下手すぎだろお前」
「違うし! アームが弱いだけだし!」
「弱いのはお前の頭だろ。貸せ、俺が取ってやる」

 沙雪ちゃんの推しとやらのフィギュアを眺め、荒ぶる沙雪ちゃんの背中を擦り宥める私。郁雄は琢矢くんに「本当にその角度で取れるのかなぁ?」「いやぁ、そこは厳しくない?」などなど邪魔をしている。琢矢くんも琢矢くんで「うっせぇな、どけ」「んならお前がやってみろよ」って。

 あれ? なんとなくだけどこのふたり、いつも間にか距離が縮まってる? けっこう仲良くなってない? 郁雄が私以外と仲良くするのって珍しいというか、今までなかったような気がする。

 友紀ちゃん友紀ちゃんって、私の隣にはいつだって郁雄がいて、郁雄の隣にはいつだって私がいた。いま郁雄の隣にいるのは琢矢くんで、郁雄に仲のいい友達ができるとは本当に嬉しいんだけど、なんだろう? 胸の奥がもやっとするこの感じ。

 まるで嫉妬に似た感情が、私の心を揺さぶってくる。『郁雄は私だけのものだったのに』って──。

「いやいや、こわすぎるでしょ」
「ん~? なにがぁ?」

 私のぼやきを拾ってくれる沙雪ちゃんの視線は、もちろん推しのフィギュアに一直線。

「え、いや、ううん。何でもない」
 
 自分に仲の良い友達がいないからって、こんなのただの僻みじゃん。今まで郁雄が私に依存しているんだって勝手に思い込んでたけど、私もじゅうぶん依存してるってことか。幼なじみ歴が長くて、常に一緒にいる末路は── 幼なじみがいなくなったら生きていけない件……これは最悪のシナリオ。

「やばい、これはもう末期だ」
「え~? 何々さっきからぁ」
「ごめん、ひとりごっ」
「うっしゃあぁ! でかした琢矢! さんきゅー!」

 沙雪ちゃんの推しを見事にゲットした琢矢くん。沙雪ちゃんの喜ぶ姿を見て、優しい瞳をしている琢矢くん。そんなふたりを見てるこっちまで心がほっこりして和む。派手なふたりだけど癒し系かも。

「僕だったら2回で取れてたけどね~」
「そうやって言う奴に限って取れねぇのがオチだろ」
「ははっ、安曇君と一緒にされたら困るなぁ」
「あ?」
「もぉ、なんなのあんたら~。付き合いたてのケンカップルか!」
「琢矢くん、郁雄はかなーり大変だよ?」

 何気に私の隣に移動してきた琢矢くんを見上げて、目を合わせないよう口元をぼやっと見る。琢矢くんの唇綺麗だなぁ、郁雄も綺麗だけど。

「平田も苦労してんな」
「ん?」
「ポンコツの世話」
「そこはオブラートに包もうよ、琢矢くん」
「別に誰とは言ってねえ」
「それを言ったら琢矢もやばいってまじで」
「俺はヤバくねえ」
「自覚症状ない奴ほど厄介なもんないわぁ」
「それお前が言うか」

 そんなふたりのやり取りをクスクス笑いながら、微笑ましいなぁ~なんて思いながら聞いていると、ニコニコしながら琢矢くんと私の間に割って入ってきた郁雄は、距離感という概念がないらしい。私の顔を至近距離で覗き込んでくる。そんな郁雄の瞳をしっかり捉えた。じっと郁雄を凝視する私に不思議そうな顔をしてキョトンとしている。

「(……)」

 うん、読めない、全っ然読めない! これが郁雄あるある! 郁雄の心は読めないことが多い、こんなの日常茶飯事。

「友紀ちゃん欲しいものある~? 僕が取ってあげるよ~」

 私にこんな能力があるせいで、郁雄がこの能力を知っているわけではないんだけど、私が人に深入りすることもしないから仲の良い友達だってできることはないし、彼氏なんて二の次三の次だから、そんな私を可哀想に思って郁雄は、同情で私と一緒にいてくれてたりするのかな? 郁雄の人懐っこい性格なら本来友達だってたくさんできるだろうし、それをしないのは私に気を遣っているから……とか?

「ん? どうしたの友紀ちゃん」
「ううん、なんでもない」

 私はいつから郁雄がいないと生きていけないかも、なんてふうになっちゃったのかな。

「なぁに不安そうな顔してるの~? 心配しなくても大丈夫だよ、友紀ちゃん。僕は逃すつもりないから」
「え?」

 うつ向いていた顔を上げて郁雄を見ると、心の中を見透かしているような瞳で私を見下ろしている。

「ちゃんと取ってあげる、欲しいもの」
「……あ、ああ、そういう意味ね」
「ん~? へへっ、どういう意味でしょ~う」

 わからぬ、本当にわからぬ。こんなにも一緒にいるのに、傍にいるのに、なんで幼なじみの心は読めないの!?