「俺便所」
「じゃあ僕も行こうかな」
「連れションかよ、なんだかんだ仲いいじゃ~ん! んじゃうちら先教室行くわ~」

 友紀を連れていく宇野和沙雪。笑みを浮かべ、友紀の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。それを隣で呆れたように見ているのは、俺にとって邪魔者以外の何者でもない安曇琢矢。

「疲れねぇの、それ」
「あ? 別に」
「胡散臭ぇ野郎だなとは前々から思ってはいたが、ここまで気づかねぇ平田も大概だな」
「うるせぇよ。つーかどうにかなんねぇの? お前の女。邪魔くせぇ」
「あ?」

 眉間にシワを寄せ、露骨に機嫌が悪くなる安曇。こいつの地雷は宇野和沙雪か。

「俺の計画が崩れんだよねえ、君らの存在で」
「んなもん知るか。つか嬉しくねぇのかよ」
「あ? なにが」
「平田にダチができんの」

 友紀にダチ……ね。それって必要か? 別にいらねぇだろ、俺がいるんだし。俺さえいればいい、俺だけでいい。俺なしでは生きられなくなればいい、そう仕向けているのは俺だしな。友紀の世界にいるのは俺だけで──。

「孤立してるってわけでもねえんだし、別によくねー? 友紀ってのらりくらりと上手いことやってるタイプだろ」
「お前、平田の性格利用してんだろ」
「はあ? 人聞きの悪い言い方やめてくんね?」

 んなことぽっと出の奴に言われなくても自覚してんだよ、鬱陶しい。

「事実を述べているだけだ」

 俺はただ、友紀を独り占めしたいだけ。だからつけ込む、友紀の性格と── 非現実的な能力に。まあ、友紀に直接聞いたってわけじゃねぇし、友紀が俺にすら話さねえって決めてんだから、それに関して深掘りするつもりもないが、友紀はおそらく── 人の心が読める、そいつの瞳を見れば。

 それを疑い始めたのは、もう随分と前のこと。

 十数年前、幼稚園で冴えない男を好きになった友紀。その冴えない男が友紀に放った言葉、「なんでボクのおもってることがわかるの? へんなの。ゆきちゃんってちょっときもちわるい」── 友紀はあの日から、俺の瞳すらあまり見なくなったのを覚えている。

 俺は物心ついた頃から何となく友紀に心が読まれているような気がしていた。だって友紀、俺が声に出してねぇのにうっかり受け答えすんだもんなぁ。そりゃ『ん?』とはなるだろ、こっちも。

 だから疑惑は確信へと変わっていく。俺は友紀に想いを知られるのが怖くて、この関係が終わることを何よりも恐れて── 友紀を手に入れるまで、確実に自分のものにするまでは絶対に俺の本心を読ませないと決めた。友紀のためだったら心を殺すことだって容易い。

「感傷に浸ってるとこ悪いが、俺と連れションしたかったわけでもねぇだろ。用件はなんだ」

 用件? そんなもん言わずもがなだろ。

「忠告だよ、忠告~」
「あ?」
「邪魔だけはすんな、後悔したくなきゃ」

 今までも、そしてこれからも、俺と友紀の関係を邪魔しようとする奴は排除する、徹底的にな。何だってやる、友紀のためなら。女を利用するのも、男を脅すのも、別に何とも思わねえ。上手いこと利用して、歯向かおうとしてくる奴は潰す。だから俺が裏であれこれしてるってのが友紀にバレることはない。

「激重執着男が」
「はっ、何とでも言えよ」
「お前クズって言われねぇか」
「さぁ? 友紀以外の言葉なんざ耳に入らん」

 友紀を手に入れるためだったら手段なんて選んでらんねえんだよ。

「こっちからも忠告していてやる。沙雪に下手な真似したら殺すぞ」

 酷く冷めた目ぇしてやがる。こいつが宇野和沙雪を大切にしてるってことは明白で、こいつの強みも弱みも幼なじみの女ってわけか。
 
「つかお前も薄々思ってんじゃねぇの」
「あ? なにがー?」
「平田に信用できるダチが必要だってこと。沙雪といる時、他とは違って楽しそうにしてんじゃん。それにお前が気づかないはずがねえ。気づかねぇふり、いつまで続けんだ」

 わかったような口利いてんじゃねぇよ。そんなこたぁ俺が真っ先に気づくに決まってんだろ。友紀を独占したいという気持ちと、友紀には俺以外にも特別な存在……要は親友と呼べる存在っつーもんが必要なんじゃないかって。そんなもん言われなくても分かってんだよ、昔っから。

 でもそれを許せなかった、許さなかったのは正真正銘この俺だ。

 俺以外に特別なんて必要か? 俺だけじゃダメなのか? 俺以外に特別なんて作ったら、俺は特別じゃなくなるじゃねぇかよ。そう思えば思うほど、どんどん遠ざかっていく友紀を何度も夢見る。

「お前、怖くねぇの」
「あ? 何がだ」
「宇野和の特別じゃなくなるのが」

 なんつー情けねえ問いしてんだよ俺。きしょく悪い、柄でもねぇし。

「そりゃ前ほどは一緒にいられなくなるわな」

 あっけらかんとした顔でただ前を見据える安曇。こいつ、マジで掴めねぇな。

「嫌じゃねぇの、それ」
「沙雪は勘違いされやすい、だからダチがいねえ。だが最近、口を開けば平田のことばかりだ。沙雪が楽しそうならそれでいい、その一部に俺もいればそれで」

 そんな平和ボケしてたら崩れるぞ、一瞬で。壊れてくんだよ、何もかもが。失った後に気づいても遅ぇんだよ。そんなの俺は御免だね。

「なんっだそれ、物分かりのいい男ってかぁ?」
「ちげぇよ。俺も平田と沙雪が仲良くなるまでどちらかと言えばお前みたいな歪んだ思想だったわ」

 歪んだ思想……ね。まあ、俺が歪んでるってことは否定しねえ。自分が普通じゃねぇことくらい分かってる。ま、別に悪いとも思ってねぇけど? 歪んだ愛で何が悪い、好きで好きでたまんねぇんだわ。そりゃ歪みもするだろ、歪まねぇほうがどうかしてんじゃね?

 誰に何と言われようが、俺は友紀を── 歪んだ愛で抱きしめる。

「いつまでそう言い聞かせるつもりだ」
「あ?」
「平田が沙雪と楽しそうにしてんの見ると揺らぐだろ」

 核心を突かれ、一瞬でグラついた瞳をこいつは見逃さなかった。

「もうブレ始めてんだろ? 素直になれよ」
「……てめぇと一緒にすんじゃねえ」

 友紀が楽しそうに笑っているのを見ると、ずっとその笑顔を見ていたい、守りたいってそう思う。友紀が心を許せるダチができることはいいことだっていうのも、頭では理解している。

 俺以外に友紀を大切にしてくれる女がいるっつーのは正直嬉しい。友紀は人の心が聞こえるせいで、友達と呼べるほどの奴もいねぇし、深入りするのを避けてきた。だから宇野和の存在は友紀にとってプラスになるとも俺は思ってる。だが、そう思う反面『それって俺の役目だったろ』『俺じゃなくてもいいのかよ』って嫉妬心が芽生える。

 とんだイカれ野郎になっちまったな、俺。

「俺もそうだが、お前は平田に依存しすぎ」
「別にそれが悪いとも思ってないんでね~」
「俺がいるだろ」
「……は? なにお前きっしょ」
「あ? ちげぇよ殺すぞ」
「んだよ」
「沙雪と平田がよろしくやってる時、お前が独占欲で狂いそうなら俺が相手してるって言ってんだ」
「きしょすぎんだろ」
「意味分かってんだろ、殺すぞ」
「はいはい、殺す殺すって中二病ですかぁ? さぁむっ」

 素でこんなふうにべちゃくちゃ喋んのこいつが初めてだわ……とか考えてる自分に鳥肌が立つ、きしょすぎて笑えねえ。お友達ごっこなんざするつもりもねぇし、てめぇの女に友紀を譲るつもりもねえっつーの。