私、平田友妃には大切な幼なじみがいる。名前は細谷郁雄。家が隣同士で郁雄は兄弟もいないし、私はお兄ちゃんがいるけど歳が離れているからもう家を出ていってるし、お互いの親が仕事で忙しいっていうのもあって、私達は平田家と細谷家を行き来することが多い。
郁雄とは生まれてからずっと一緒で、もう家族みたいなもの。お母さん達は「もういっそのこと結婚しちゃえば? すでに家族みたいなもんなんだし」「名案ね!」とかなんとか言ってる。まあ正直それも悪くないんじゃないかな? なんて最近思い始めてはいる。だって私みたいな気持ち悪い能力を持ってる女がまともに結婚なんてできると思う? 無理じゃない? 結婚の前に彼氏すらできないし、親友さえできないんだよ? 結婚なんて二の次三の次だよ。
「友妃ちゃん!」
「!?」
急に腕を引っ張られて、よろけながら郁雄の胸元に頭がコツンとぶつかった。どうやらぼうっとしすぎて前から歩いてくる人とぶつかりそうになっていたみたい。日ごろ郁雄に散々口酸っぱく言い聞かせている私がこんな失態を犯すとは、まったく立場がない。
「大丈夫? 友妃ちゃん。珍しいね? ぼーっとしながら歩くなんて」
「ああ、うん。ごめんごめん」
私の腕を掴んだ大きな手は男らしくて力強いけど、それが妙に優しくて。なにより内面とは裏腹に逞しすぎる郁雄の体がキュンポイント高すぎる!
そんな幼なじみを“男”として意識しないの? とか“恋愛対象”にならないの? とかそう問われると── 郁雄のことは普通に好きだけど、恋愛対象として見たことがなくて、幼なじみとして好き……みたいな感じでただの幼なじみっていうか……本当に好きだし大切なんだけど、郁雄と男女の関係みたいなものは想像もつかないかな?
まぁ郁雄はかっこいいよ、めちゃくちゃかっこいい。これは幼なじみだからとかじゃなくて、傍から見ても絶対にイケメンだし、まずスタイルが良すぎる。それに加えて成績優秀でお家柄的に将来安泰は間違えなし、超優良物件。でもまあ郁雄は如何せん、とろくさい──。
「あ、いたいた! おーい友紀~!」
この声は── 振り向くと視線の先にいたのは、新学期早々に仲良く(?)なった同じクラスの宇野和沙雪ちゃん……と、沙雪ちゃんの隣にいる威圧感が半端ない沙雪ちゃんの幼なじみ、安曇琢矢くん。
「(おお、相変わらずセットだなぁ! まっ、うちらも似たようなもんか~)」
「(平田と関わるようになってからテンション高ぇ、沙雪)」
やっぱり2メートルくらいの距離から聞こえちゃうなぁ……これが私の能力の厄介なところで、間近で瞳を見なければいいって問題でもないってこと。昔は間近で見なければ平気だったのに、年々その距離が広がってしまった。
「沙雪ちゃん琢矢くん」
「なぁに順位表見に行ってたの~? 死ぬほど真面目だねえ、君ら」
「お前が不真面目すぎるだけだろ」
「はあ? おまえも大して頭良くないじゃーん」
「お前より幾分マシだ」
「ああ、やめやめ! 底辺同士の争いほど醜いもんないわ~」
ちらりと郁雄に視線を向けると、にこにこして笑っている。私がこの2人と仲良く(?)なったよって報告した時、一瞬だけ険しい表情をした郁雄がちょっと気になってたんだけど……ま、きっと気のせいだ。
「宇野和さんと安曇君は下から数えたほうがよさそうな順位だったよ~?」
「ちょっ、郁雄! 失礼だよ! ごめんね? 2人とも」
「ははっ! 別にそんなこと気にしてないしどうでもいいっしょ~!」
「お前の能天気さに感心するわ」
「いや、おまえがそれ言う? 仲間じゃんうちら」
「勝手に仲間にすんじゃねえ」
本当に仲いいなぁ、この2人。まあ、私と郁雄も仲の良さだけは負けない自信はあるけど。
「それにしても目立つねぇ、宇野和さんと安曇君」
「そりゃ絶世の美女と野獣コンビだからな~うちら」
「どこに絶世の美女がいんだよ。つか俺は野獣じゃねえ」
この2人は言わずもがな美男美女で、派手なヤンキー感の否めない幼なじみ組である。そして私以外みんな高身長だから、私がちんちくりんに見えてしまうのも否めない。ちなみに私は161センチあるから低身長では断じてない。
「てかうちらより君らのほうがよっぽど目立ってるけどね~? 友紀可愛いし~!」
「友紀ちゃんは可愛さ4綺麗さ6の比率だね」
「おっ、まじでそれな! さすが激重幼なじみ~!」
「はは~、激重の意味が僕にはちょっと分からないけど~」
「なーに言ってんだか~」
「それは僕のセリフだよ~」
沙雪ちゃんと郁雄のやり取りに疑問符を浮かべながら、たしかに郁雄って重いよなぁ……物理的に、と納得した。
「おい沙雪、平田に言いてぇことあって探してたんだろうが」
「ああ、そうだったそうだった! 今日学校終わんの早いじゃん? 遊び行かない!? 細谷もどう? まっ、どーせ意地でもついて来んでしょうけど~君は」
「友紀ちゃんが行くならもちろん僕もついて行くけど?」
「でしょうね~! こっわい男~」
「ははっ、安曇君には負けるけどね~?」
「俺はそんなんじゃねえ」
「琢矢なんて図体デカくてツラが殺人鬼なだけっしょ~」
「僕が言ってるのはそういうことじゃなんだけど~」
「細谷、テメェは余計な勘繰りしてんなよ」
「……君も僕と同じでしょ?」
「あ?」
え、何々!? なんで郁雄と琢矢くんがバチバチしてるの!? 私は琢矢くんの瞳を見そうになって咄嗟に視線を逸らした。だめ、見れない、こんなの絶対に見れない!
「ちょ、琢矢やめなよ~。顔面こわすぎー」
「(琢矢のやつ何にイライラしてんだろ、糖分不足か? 甘党だからなぁ、こいつ)」
いや、たぶんそれは違うんじゃないかな沙雪ちゃん。郁雄の言い方がちょっとトゲあったし、それが原因なんじゃ……? そう思いつつ郁雄に視線を向けると、ばっちり目が合った。
「(友紀ちゃんのカレー楽しみだなぁ)」
「カレーかい!!」
「「「……」」」
あ、やってしまった……! さいっあく! なんの脈絡もなく「カレーかい!!」なんてツッコミを入れる女子中学生とかこわすぎて引くでしょ、まじオワッタ。
「えっと、今日の夕食のカレーに“貝”入れちゃおーっと! なーんて思っちゃったりして……?」
「あ、ああ、いいんじゃない? 美味そうだし! うちもカレー食べたいわ~」
「今日俺ん家カレーらしいぞ」
「え、まじ!? 行ってい!?」
「ああ」
「よっしゃ! ラッキー!」
お、おお……よかったぁ。なんとか変人フラグ回避できたっぽい。問題は郁雄か、さすがに怪しまれたかな……ちらりと郁雄を見上げると、にこにこ微笑んでいる。
「(眠いなぁ)」
うん、通常運転で何よりです!
この能力だけは、郁雄にも知られたくない。大切な幼なじみだから失いたくない。郁雄に嫌われたり避けられたりしたら、私はきっと── 自分の能力に押し潰されて耐えられなくなる。



