「で、まぁだ喧嘩してんの~? 君ら」
「沙雪ちゃんごめんね? 郁雄が琢矢くん独占しちゃってるみたいで」
「いや、別にそれは構わんけど~」
あれから2週間ほど郁雄とは一切口を利いていないし、互いの家を行き来することも登下校を共にすることもなくなった。目が合ったとしても郁雄の心の声が私に届くことはない。
何度か生徒会長に話しかけられそうになったけど、適当な理由をつけて避けている……さすがにこのままってわけにもいかないんだけど、あの光景がフラッシュバックするとモヤモヤするっていうか、腹が立つというか……胸がぎゅっとして苦しい。
「いいかげん仲直りしなよ~。んじゃ、また月曜ね~!」
「うん、またね! 気をつけて帰ってね~!」
学校帰りに家に寄ってた沙雪ちゃんをお見送りして、部屋で漫画を読んだりしながらごろごろしているとスマホが鳴った。ちらりと画面を確認すると登録されていない番号が表示されていて普段ならスルーしちゃうんだけど、あの子かもしれないって直感的に思った私は応答ボタンをスワイプした。
(もしもっ)
(助けて!!)
追い込まれているような切羽詰まった声。この声の主があの子だってことは声を聞いてすぐに分かった。
(今どこにいるの!?)
(学校の近く、駅っ──)
唐突に電話が途切れ、ツーツーと音が耳に響く。
「電話が切れた……学校の近く、駅!」
私は慌てて部屋から飛び出し、万が一のため郁雄にも来てもらおうとスマホの着信履歴を開いたものの、あの光景がどうしても頭から離れなくて、私はスマホをポケットにしまって家を後にした。
必死に走って、最悪な結末ばかりが脳裏に浮かぶ。間に合わなかったらどうしようって恐怖に駈られて、体の震えが止まらない。
── 駅付近
辺りを見渡していると微かに聞こえたあの子の声。私は聞こえた声を頼りに目を凝らした……いた、いた! 大学生くらいの男の人に無理やり引っ張られている。
「あのっ!!」
駆け寄って声をかけると振り向いた男の人と目が合った。いつもなら逸らしていたかもしれない、けれど今は敢えて瞳を捉えて離さない。私の能力が、今ならきっと役に立つと思うから。
「(なんだ? この女……まあ、悪くねえっつーかむしろ大アタリだな。ワンチャンこの女捨ててこっちに乗り替えるっつーもありかぁ?)」
「あ? なんだよ」
私なら大丈夫、この人の心の声が聞こえてる限り行動がある程度予測はできるし、上手いことやれるはず。少し先に交番があるからそっちのほうへ誘導したい。詳しい事情は知らないし、この子にも非があるんだとは思うけど、だからといって女の子を無理やり連れ去ろうとするなんて、きっと普通なんかじゃない。
「すみません、揉めているように見えたので。どうかしましたか?」
「あ? どうもこうもねぇよ。このクソ女、俺に散々貢がせておいて連絡ブッチしやがった挙げ句ブロックまでしやがって」
「だっ、だから貰ったものは全部返すって言ってるでしょ!?」
「なめんな! そういう問題じゃねえんだわ! 次会ったら次会ったらって何べんもお預け食らって金ばっか飛んでたまったもんじゃねぇんだよ!」
この人、相手が中学生だって知らないの? 知っててこの発言してるんだったら本当に信じられないんだけど。
「じゃあ……そんな女ほっといて私と遊びません?」
「ちょっ、なに言ってるのあんた……」
「(ふーん、JKだよな? いいねえ、好きだわこういう積極的なえろい女)」
「桜都、お前もういいわ。お前なんかよりハイレベルな女ゲットできたし用済み」
おと……桜都……ああ、たしか保科桜都だ。うちの学校生徒数が多いから何かしら接点がないとなかなか名前覚えらんないんだよね。
「だってさ、さっさと帰ったら?」
「あんたっ」
「いいから早く」
「……分かった」
走って去っていく保科さんの後ろ姿を見てホッとしたのも束の間、男の人の手が私の腰に回されて引き寄せられた。
「(さすがに駅近のラブホはまずいか? でも我慢できねえ)」
「あ、あの……」
「んだよ、声震わせて。ちょー興奮すんだけど」
こわい、どうしよう。
「そういう演技っしょ? 手練れだね~」
なんとかなるってそう思っていた、私の能力があれば乗り切れるって。だけど実際は怖くて、この人の瞳がもう見れない……こわい、気持ち悪い。
「──けて……」
「あ? なんて~?」
声が出ない、どうしよう。
「タクるか。君可愛いしちょっといいホテルにしてやるよ」
耳元でそう囁く声に悪寒がする。
お願い、誰か助けて。
助けて、郁雄──。
「い"ってぇ!!」
腰にあった男の人の手が離れて痛みに苦しむ声。瞑っていた目を開けると私の視界に飛び込んできたのは、男の人を腕をへし折る勢いで握っている郁雄の姿だった──。



