── 一睡もできず朝を迎えた。
沙雪ちゃんから【大丈夫?】ってメッセージがきてたけど、返せてなかったことを思い出してスマホを手に取った瞬間、郁雄からメッセージが届いた。
【はよ~、起きてる?】
起きてるもなにも寝れませんでしたよ、あなたのせいで。
【おはよう、起きてるよ】
【カーテン開けて】
言われた通りカーテンを開けてみると郁雄が部屋から出てベランダにいる。私が窓を開けてベランダに出ようとした時、ひょいっとこっちへ移動してきた郁雄にひぇっと声にならない声が出た。
「ちょ、危ないでしょ!?」
「こんくらいどうってことねぇだろ」
たしかに近いけどさ、お互い手を伸ばせば届きそうなくらいの距離ではあるけど、ベランダからベランダに飛ぶって危ないじゃん!
「(怒ってる友紀も可愛い、めっちゃ好き)」
「もぉ、そういうことじゃなくて!」
「ん? なにが?」
ああ、またやってしまった……。
「ごめん、なんでもない」
郁雄から少し視線を逸らすと頬をムニュッと掴まれて、強制的に郁雄のほうへ向けさせられる。そして目と目がしっかり合う。
「(ねえ友紀、俺のこと好き?)」
「……」
「(ただの幼なじみでしかない?)」
「……」
「(聞こえてんでしょ、答えてよ)」
え? そんな……なんで、どうして……。
「(答えないとえっろいキスするけどいい?)」
「だめ!」
「(聞こえてんじゃん)」
「……郁雄、知ってたの?」
「俺が気づかないとでも?」
ちょっとドヤ顔な郁雄に苦笑するしかない私。それにしてもこんなあっさり打ち明けることになるとは……そもそもバレてたなんて一番最悪なパターンじゃん。
「ごめんね、黙ってて……」
「別に? 気にしてねえけど」
嫌でしょ、こんなの。瞳を見ると心が読まれるなんて。しかもそれをずっと黙ってたなんて、嫌じゃないの?
「郁雄の心はなかなか読めなかったはずなのに……」
「ああ、だろうね~」
「え?」
「だって読ませねぇようにしてたもん」
そんなことできます? 普通。なんかもう郁雄に関してはあまり驚きもしなくなったよ私。
「え、なに? ちょ、待って……ねえ、待って! 今何時?」
キスをしたそうに迫ってくる郁雄をグイグイ押し退けて時計を確認してみたら、そろそろ学校へ行く準備をしたい時間帯。
「準備しないと!」
「もう休めばよくねえ? めんどくせぇし」
「ダメ!」
「ったく、真面目だね~? 友妃は」
あなたが不真面目なだけでは?
「ちなみに友紀の部屋の時計、1時間遅れなの知ってる?」
「……はい?」
ええぇぇ!? やばいじゃん、それはやばいじゃん! なんっでお母さんもお父さんも声かけてくれないの……って、そういえば今日朝早くから仕事だったな。
部屋の時計ばかり見てて、スマホの時計をまったく気にしてなかったぁ! 学校までガンダすれば10分もかかんないし、8時までに登校すればなんとかなるし、ギリ間に合う!
バッタバタしながら準備する私、大あくびしながらちんたらする郁雄に喝を入れて、結局郁雄の準備までさせられるはめに。
「というか! なんだってできるんでしょ!? ダメダメな郁雄に戻っとるやないかい!」
「べっつに~? お節介な友妃が勝手にやってるだけじゃん? 俺はのんびりゆっくり、遅れてもいっか~的な感じで準備してただけなんだけど?」
「ああそう! もう知らない!」
「ははっ、可愛いね~」
「からかうな! ていうか学校では今まで通りにしてよ!?」
「ええー、なんでー?」
「当ったり前でしょ!? みんなが混乱するだろうし、なんかもう面倒なことになりかねない未来しか見えないの!」
ゆるふわ郁雄でも人気あるのに、こっちの郁雄が素だなんて周りに知れたら……人気が爆発して収集がつかなくなる!
「まっ、それもそうか。俺も面倒事は御免だしねー。りょーかい」
必死でガンダする私の隣をヘラヘラしながら息ひとつ切らさず余裕綽々と走っている郁雄にめちゃくちゃイラッとしたのはここだけの話。
「おお、こんなギリギリなんて珍しいなぁ! 平田と細谷~!」
この先生、通称“門番先生”は時間に厳しくて1秒でも遅れたら絶対に門を通さないで有名。なんとか間に合ってよかったぁ。
「おはようござっ」
「ああ、僕たち昨日めちゃくちゃ激しくって~寝坊しちゃいました~」
なっ!? なに爆弾発言投下しちゃってるの!? 門番先生に言うことじゃないでしょうが! 先生も『え? どゆこと?』みたいな顔して唖然としてるじゃん! もう! 郁雄の馬鹿ぁぁ!
「えっと、ランニングが激しくって! はは! 全身筋肉痛なんです! あはは! じゃ、私達はこれで!」
「お、おう? 今日も1日頑張れよ~!」
余計なことを口走りそうな郁雄の口を手で塞いで、そのまま腕を組み無理やり引っ張っていく。
「ちょっと郁雄!」
「なに、こういう口塞ぎプレイがお好みで?」
「んなわけないでしょうが! 先生にあんなこと言うなんて信じらんない!」
「別によくね~? えっろいキスしたとは言ってないじゃん」
違う違う! そういう問題じゃないし、キスしたなんて言ったら問題発言もいいとこよ!
はぁー、本当に大丈夫かな。郁雄がうっかり口を滑らして~とかなったら大変なことになるんじゃ……? 郁雄は自覚あるのかどうか分かんないけど、郁雄ってめちゃくちゃモテるのよ。いきなりキャラ変した挙げ句、幼なじみと曖昧な関係はじめました! なーんて知られたら……郁雄ファンの子達が暴走しそうで怖すぎる。一部の郁雄ファンからは私の存在自体疎まれてる感じだし? 今まではただの幼なじみってことで許された部分が非常に大きい。



