俺にはたまらなく好きで、何よりも大切な女がある。タメで幼なじみの平田友紀。
ガキの頃から一緒にいるのが当たり前で、別にこれといったきっかけがあったわけでもねぇけど、気づいた時にはもうどうしようもなく友紀のことが好きで大切になっていた。どこがどう好きなのか、そう聞かれても『友紀のすべて』としか言いようがない。ま、頭のてっぺんから爪先まで、余すところなく好きだということ。
そんなことを考えながら窓際の席から校庭を眺め、どうでもいい連中がやってる、とくに興味もねぇサッカーをぼんやりと見ていた。
「ねえ、郁雄。張り出し見に行くー?」
そう言って俺の顔を覗き込んできたのは言わずもがな俺が愛して止まない女、平田友紀。友紀とは今まで同じクラスで片時も離れず、俺の視界には常に友紀がいるのが当たり前。ずっと同じクラスってのは偶然か必然か、あるいは……まっ、その辺はご想像にお任せってことで~。
「眠いよぉ、友妃ちゃ~ん」
「今日天気いいもんね、そりゃ眠くもなるわ。で? 行くの? 行かないの?」
「友妃ちゃんが行くなら~」
「はいはい、なら行くよ」
「はぁーい」
友妃は知らない、俺の本心も本性も。
「まぁ毎度のことながら郁雄がトップで私は中間辺りだろうけどね~見るまでもなく」
「ははっ、それはどうでしょ~う」
俺の隣で背伸びをしながら歩いている友妃を横目に『ああ、やっぱ死ぬほど好きだわ』と実感する。つーか友妃ってこんな小さかったか? まあ、俺が背ぇ伸びたってのもあるけど。昔は『友妃でけぇ』とか思ってたっけ。
「郁雄」
「ん~?」
「また背伸びたんじゃない?」
「ええ~そうかな? 友妃ちゃんが縮んだんじゃない?」
「んなわけ。ちょっと伸びてたも~ん」
知ってる、背が伸びたこともちょっと体重が増えたことも全部知ってる。友妃のことは大抵把握済みだからね~。知らないのは隠れてるホクロの位置くらいじゃね?
「ははっ、友妃ちゃんって本当スタイルもいいよね~」
「うわぁ、郁雄に言われると嫌味にしか聞こえなーい」
「えぇ、そんなこと言わないでよ~」
甘えながら肩を組んで優しく引き寄せる。こんなことしたって友妃は『重いなー』くらいにか思ってないんだろうな。周りも『ああ、あの幼なじみ組かぁ』くらいにしか思ってねえ。これが俺達の当たり前で日常だからな。
俺のことを好いてる連中の一部には、友妃のことを毛嫌いしてる奴も存在するわけで、でも友妃に直接的な危害を加えることはない。それもそうだろう、そもそも自分と友紀を比べて圧倒的に劣ってるって、ちゃーんと分を弁えてる。その辺は褒めてやってもいい。
「郁雄、なんか腕重くない?」
「ええ? そうかな? 筋肉ついたかも~」
「郁雄って性格に見合わず意外と筋肉質だよね」
可愛らしい悪戯っぽさのある小悪魔的な笑みを浮かべる友妃がたまんなく愛おしい、可愛すぎかよ。
『好きだ、愛してる』この言葉を何度も何度も伝えようと思った、何度も何度も俺の想いを友妃に伝えようと思った……がその度に言葉を呑み込んだ。結局は今の関係が崩れるのが怖くて幼なじみ以上恋人未満、なんなら家族化してきている今日この頃。そんな状態をだらだら続けて今に至るってわけ。
「うわぁ、やっぱ郁雄が学年トップじゃん。郁雄って勉強とかしてる? 私に教えてる時以外してなくない? 郁雄が勉強してるところなんて見たことないんだけど。カンニングとかしてないよね?」
友妃のさらっと酷いこと言うところも、ちょっと疑いの目で俺を見上げてくるその瞳も、全てが愛おしくてたまんねえ。なあ、友紀……全部俺にくれよ、俺のものになれよ。
友妃は誰にも渡さない、俺だけのものだから──。
「えぇ、友紀ちゃん酷くな~い? 僕がそんなことするわけないでしょ?」
「まあたしかに。郁雄にカンニングなんて絶対無理だよね、ごめんごめん」
申し訳なさそうに笑う友妃がマ~ジで可愛い。ああ、可愛い、可愛すぎるだろ死ぬ。こんなの可愛すぎて昇天するわ。
「テスト頑張ったご褒美ほしいなぁ~」
「じゃあ郁雄の好きなカレーでも作っちゃう?」
「わーい! やったぁ! 友妃ちゃんのカレー大好きなんだよね~!」
「カレーって誰が作っても同じでしょ~」
ちっげぇー、全っ然ちげえ。天と地ほどの差があんだよ。友紀のカレーはこの世で一番うめぇ、カレーに限らず友紀の手料理は全部うめぇ。
「友紀ちゃんの手料理は格別なの~。こんなしっかり者の幼なじみが僕の傍にいてくれるなんて、本当に感謝しかないよ。ありがとう、友妃ちゃん」
「もお、相変わらず大袈裟なんだから郁雄は~。私の手料理とか食べ飽きてるでしょ」
「全然」
「そ、そっか。まあ、料理はできなくてもせめて電子レンジくらいは使えるようになってほしいけど? って無理か、郁雄には難易度が高すぎる」
ま、この俺ができないはずがないよね? 俺なんでもそつなくこなせちゃうタイプだし? だからさ、できないんじゃないよ? ただ単にやれないフリをしているだけ。その理由は至ってシンプル、友紀に世話してもらいたいから。



