え、どういうこと? 私の頭を撫でながら上機嫌で鼻歌混じりに部屋から出ていったのは、誰?

「……って、お母さん達がこの事実を知ったら驚きすぎて心臓発作起こすわ!」

 バッ! と勢いよくリビングへ向かった私。あの郁雄をお母さん達に知られるわけにはいかない!

「郁雄!!」
「んー? どしたー?」

 辺りを見渡す限りお母さん達はいない……まだ帰ってきてないのかな……って、あなたは何をしようとしているのかな!? キッチンで包丁を手に持っている郁雄。あなたが料理をしようもんならこの家が吹き飛ぶ! それはなんとしても阻止!

「こら! 包丁を持つのはやめなさい! なに、お腹すいたの? だったら私が作るから郁雄は大人しくっ」
「ああ、ま~だ分かんない? ま、分かんないか。ちょっと見ててみ?」
「ちょ、郁雄──」

 えっと、これは一体どういう状況だ(イケボ風)。いや、ふざけてる場合じゃなくて本当にどういう状況? この展開を誰が予測できたというのだろうか。私の目の前にいる男は果たして真の郁雄なのだろうか。

 誰だ、誰なんだ? きっと郁雄じゃない、郁雄のそっくりさんなんだ。あの何もできないゆるふわ郁雄が、なんでもかんでも破壊するわ爆発させるわのあの郁雄が……なんでどうして私なんかよりも遥かに料理が上手なのよぉぉ!!

「さては貴様、惑星から来たスパイだな?」
「んなわけ」
「で、ですよねえ……」

 私が知っている郁雄はこんなキャラじゃない。でも、ここにいるのは紛れもなく郁雄で……いや、もう脳がバグるわ。

「あの、郁雄?」
「ん?」
「私のせいでバグった?」

 そうだ、私が無理やり郁雄のファーストキスを奪ったからおかしくなっちゃったんだ。きっとそう、私が郁雄とキスなんてしたから……って、ちょっと待てぇい。起きてからてんやわんやしすぎて罪を償わなきゃとかしか考えられなかったけど、郁雄とキス……しちゃったんだよね? 幼なじみと郁雄と……わーお。

「バグってんの友妃じゃん」

 曖昧でぼんやりとしか記憶にないけど、体は律儀に覚えてるみたいできゅんと疼く。冷静になればなるほど恥ずかしすぎるしやばすぎる。

「おーい、そんな蕩けた顔すんのやめたら~? 我慢できなくなるんだけど。襲ってい?」
「だっ、だめ! こんなところで!」
「ククッ、へえ? こんなところじゃなきゃいいってわけか。友妃ってやらしいね~?」
「ちっ、違うし! やらしくもないし!」

 って、待て待て。もうひとつ大事なことが……私ってさ、ずぅっと騙されてたってこと? そういうことだよね? ゆるふわのダメダメな郁雄だと思ってたのに、イケイケハイスペック郁雄だったってこと……? ねえ、そういうこと!? そんなことって許されるわけ? 許されるわけがないよね!?

「よ、よくも騙してくれたなぁー!」
「(はは~、ごめんごめん。この先本気で友妃のこと愛すし甘やかすから許してくんない? ま、俺はいつだって本気で友妃のこと愛してたけどね~。もうこの気持ち隠す必要もねぇし、本気で気持ち伝えてくわ)」

 そんな宣言しながら迫ってくるのやめてくれない!? 顔面強っ! 声強っ! この男、まじであなどれない── って……え? 今郁雄の心の声が読めた……ちゃんと聞こえた……なんで、どうして!?

 ジリジリと壁に追いやられて私は逃げ場を失った。トンッと壁に手をついて、私の顔を覗き込んでくる郁雄に心臓がありえないくらいバクバクする。

「ちょちょちょ! あのっ、もうちょっとなんていうか、順序ってものがっ」
「そんな必要なくね? だって俺、ずっと友妃のこと好きだったわけだし」
「……え?」

 たしかにさっき「(俺はいつだって本気で友妃のこと愛してたけどね)」って言ってたな。それってライクのほうじゃなくてラブのほうだったってこと?

「覚えてねぇの? 友妃がポンコツ男が好きだって俺に報告してきたじゃん。だから俺ポンコツな男を演じてきたんだけど?」

 いやいや、知らん。まじで覚えてない。なにが本当でなにが嘘なのか、全然わかんない! も、もしかして……童貞も嘘だったり? 童貞じゃなかったら私が責任取る必要もないよね!? 郁雄のことだからキスだってしまくってるよね!?

「ところでキスのご経験は……?」
「あ? あるわけねぇじゃん。友紀がはじめて」
「そ、そうですか」
「でもまあ、悪くねぇだろ?」

 優しい瞳で微笑みながら私を見つめる郁雄にドキッと胸が弾む。郁雄ってこんなにも輝いてたっけ? かっこいいのは元からとして、こんなにもキラキラして見えてたっけ? って流されるなぁ!

「な、なんだったのよ! 今まで苦労返してよ!」
「だぁから悪かったって~。友妃に男ができないのも俺が管理してたってのもあるからモテな~いとか悲観してんなら悪いね~? ま、これからは俺が溺れるほど愛すし、愛させる幸せってやつ知ってけばいいでしょ。な? 友妃」