「んん~、頭いったぁい」

 割れそうなほど頭が痛い、なんでだろう? 重たすぎる目蓋を必死に開けると視点が定まらなくてぼやっとする。それにしても頭痛すぎる、ツラいよぉ。

「ん?」

 私の隣に人の気配を感じる。ゆっくーり顔を横に向けると当然のごとく郁雄が隣で寝て……ない、起きてる、ばっちり目が合った。まあ、うん、こんなの日常茶飯事ですのでさほど問題ではない。

「(友紀ちゃんすごかったなぁ)」

 うん、なにが?

「(……)」

 くっそ! 読めない! なによ、すごかったって! ダメだ、記憶がない……そもそも沙雪ちゃんと琢矢くんはどこ!?

「あ、あの……私、なにかしでかした?」
「ん~? なんでそう思うの~?」
「いえ、なんとなく」

 お、落ち着け私。うっっすぅぅら郁雄と……その……きっ、キス? をしてた……夢を見てた記憶があるの。だからちょっと気まずい。

「なにも覚えてないの?」
「え?」
「覚えてない? 僕との……」
「僕との……?」
「(やっぱり覚えてないかぁ……僕とのキス)」

 僕との……キス……?

「はあん!?」
「わぁびっくりした~。なに、どうしたの? 友紀ちゃん」
「え!? あ、いや、ごめん、なんでもない」

 サァーッと全身から血の気が引いて顔が青ざめていくのが分かる。“大罪”、この2文字が私の頭上にデカデカと出現して、ゴォーンッと落ちてきた。

 ああ、やばいやばい、シャレになんない。完全にやかしてるー! 私は、私は……純粋な郁雄に無理やりキスをしてしまったということ!? 私が無理やり迫ったんだ、私が無理やりキスしたんだ、私が無理やり郁雄の美しい唇を奪ったんだ、私が私が私が私がぁぁ!!

 ど、ど、どうする? どうすればいいの!? どう詫びればいいか、いや、詫びて許されるものでもない。そうか、そうだよね。死あるのみ、死んで詫びるしかない。

「ごめん郁雄、切腹します」
「ははっ、なんじゃそりゃ~。ところで平気? 頭痛くない?」
「い"た"い"」
「だよね、鎮痛剤飲む?」
「い、郁雄……あ、あのさ」
「ん?」

 まぶしっ! 郁雄の微笑みが一段とまぶしっ! そんな郁雄を汚してしまった私は、責任を持って郁雄の面倒を見続けことをここに誓います。

「郁雄、ごめん。郁雄の将来について少し話そうか」
「ん? 僕の将来?」

 郁雄は優しいからこんな女でも幼なじみとしてこれからも接してくれると思う。けれど、ケジメというものは必要だ。

「郁雄」
「ん?」
「私、自首してくる」
「……ん?」
「自首します」
「え? いや、どういうこと?」
「ごめん、警察行ってくる」
「は? いやいや、友妃ちゃん!?」

 夢も希望も郁雄の穢れなき唇も全て失くして絶望する真っ黒な瞳をして警察に出頭しようとしている私を必死になって止めてくれる郁雄を見上げた。

「ちょ、マジで意味分かんないよ!? 落ち着いて友妃ちゃん!」
「むしろ被害者の郁雄がなんでそんなにも冷静でいられるのか、摩訶不思議」
「いやいや被害者ってなに? とりあえず落ち着いてよ。もうお酒飲むの禁止ね? そもそも未成年だし、ダメだよ」

 なるほど、頭痛の正体はそれなわけね。またやらかしてしまったのか、私は。お酒とジュースを間違えて飲むなんて、本当にあんぽんたんすぎるよ。しかも記憶飛ばすって……もう馬鹿ぁぁ!!

「仰るとおりで」
「ちゃんと確認してから飲食しなよ~?」

 ほんっとそれな。

「はい……あの、責任……責任を取れば少しは罪滅ぼしになりますでしょうか」
「え? なんの話?」

 郁雄は優しい。だからきっと私を責めたりしない。でも、私とのことがトラウマなっちゃってるのは確実で、女性恐怖症になってしまったに違いない。このまま一生彼女もできず結婚もできずに、なんてあまりにも郁雄が不憫すぎるよ。

 こんな私だけど郁雄のことだったら知らないことはないし、ずっと傍にいたからこれからもずっと傍にいてあげられる自信もあるし、大切にする自信だってある。私が郁雄のことどう思っているかとか、そんな感情なんてものはどうだっていいのよ。

 この先、郁雄が欲求不満になってエッチなことしたいって言えば私はそれに応えるし、僕はしないから友紀ちゃんもしないでねって言われれば私だって一生しない。処女のまま死んでいくだけ。私がちゃんと責任取んなきゃ、私のせいなんだし。

「郁雄、本当にごめん。記憶がないの、本当に。いや、でもね? わかってるの、自分の犯した過ちは。だっ、だからその……責任、取らしてくれないかな?」
「責任?」

 私にはもう、これしかない。

「郁雄の女性恐怖症が完治するまで私を好きなように使ってください!!」

 郁雄の反応を見るのが怖くて、ぎゅっと強く目を瞑った。つくづく情けない女すぎてもう泣きそう。

「……え?」

 郁雄の拍子抜けしたような声が聞こえて、瞑っていた目をゆっくりと開けてみた。そこにいたのは声同様、拍子抜けしたような顔をしている郁雄。

「あの、えっと……郁雄?」
「は?」
「え?」
「ごめん友妃ちゃん、今なんて?」
「だ、だから、私が純粋な郁雄を傷つけちゃったのはわかってる。私のこと嫌いになっちゃったかもしれないけど……でも、私でもいいよって郁雄がそう言ってくれるのなら、女性恐怖症にさせてしまった責任を取らしてほしいの! 郁雄の傷が癒えるまでずっと奴隷だってなんだってする! 用済みになったら捨ててくれたって構わない! だから私に罪を償わさせて、好きなようにして!」

 いや、普通に考えたら奴隷宣言とかシャレになんないよ。こんなの断られるでしょ、100%お断りされるパターンでしょ。

「友妃ちゃん……それってどういう意味か本当にわかって言ってる?」

 な、なんだろう……郁雄のほんわか雰囲気なんてものは一切なくて、真顔でジッと私の瞳を捉えてくる郁雄にちょっと緊張する。相変わらず何を考えているのか読めないし。

「わ、わかってるよ。私が冗談でこんなこと言うとでも?」
「言うでしょ、友妃ちゃんなら」

 そんな曇りなき眼で即答しないでよ。

「冗談じゃないよ、私が郁雄を傷つけたんだもん」

 申し訳ない気持ちでいっぱいで、郁雄を直視できずうつ向くことしかできない。ごめんね、こんなこと言われても困るよね。トラウマを植えつけた女とこの先も一緒にいるなんて嫌だよね、普通。

「ごめん、郁雄……」  

『ごめん、郁雄。やっぱ他の方法で償えないか考えてみるね』ってそう言おうと顔を上げた時だった。にやりと悪巧みしているような、悪戯な笑みを浮かべている郁雄のばっちり目が合う。

「(……)」

 やっぱり読めない!!

 すると、スッといつも通りの微笑みに戻った郁雄。気のせい……だったのかな?

「友妃ちゃんはさ、僕とするのとか抵抗ないの?」
「する……? 抵抗……?」
「女性恐怖症を克服するには、たくさんするしかないよね? 僕の相手、してくれるってことでしょ?」

 郁雄も男なんだ、そういう話だよね? これって。抵抗という抵抗はあまりないかもしれない。違和感っていうか変な感じはするかもしれないけど、抵抗はたぶんない……かな? そもそも加害者である私にそんな権限は一切ない。

「抵抗は……たぶんない……かも?」
「ふーん。へえ、そっかぁ。死ぬまで僕と一緒にいる覚悟はあるの?」

 雰囲気がいつもと違う郁雄の瞳に見つめられると背筋がゾクッとする。

「あ、ある」
「ふーん?」

 私を試すようなその瞳で一体なにを考えているの? 郁雄。