── 平田家
「おお、やっぱ来たかぁ細谷」
「そりゃ来るだろ」
「郁雄まで早退してきたの? ええ、なんか大事になっちゃってごめんね~?」
友紀の部屋ではなく平田家のリビングで当然のごとく寛いでいる宇野和と安曇、そして案外平気そうにしている友紀に茫然と立ち尽くす俺。
「ははっ、もお嫌だなぁ。あんなところ沙雪ちゃんと郁雄に見られちゃってさ~。いっつも偉そうに郁雄の世話してるくせに情けないよね~。郁雄もがっかりしたでしょ? “いつもの友紀ちゃん”じゃなくて~。かっこ悪いところ見せてごめんね?」
情けなくねえ、かっこ悪くもねえ。いつだって友妃はかっこいい女だろうが。どうしようもなく愛おしいに決まってんだろ。
友妃に伝えたい想いがひたすら溢れ、それを堪えるのがやっとだ。『愛してる』この言葉を伝えることができたなら、どれだけ楽になんだろうな──。
「友紀はすごいと思うよ~。頼りにされたらそれに応えようと一生懸命頑張るところとかさぁ。うちは面倒なこととか率先してやるタイプじゃないし、そもそもやりたくないし~。うちは友紀のこと尊敬してるよ、本当に。かっこいいなって思う」
「断れないイエスマンってわけでもなさそうだしな、平田は。頼りにされるのもいいが、自分も頼ってみたらどうだ、周りに」
「……沙雪ちゃん、琢矢くん」
今まで友紀を励ますのも褒めるのも全部俺の役目だった、これから先もそうだと思っていた……がそれももう限界か。
「友妃ちゃんはさ、とても素敵な女性だよ。こんな僕を見放さず、ずっと面倒を見てくれたじゃん。僕が独り占めしておくには本当に勿体ないくらいだよ。今までごめんね、友紀ちゃんに頼ってばかりで。僕も少しずつ自立できるように頑張るから」
手離すつもりも、逃がすつもりもねえ。だが、宇野和達の存在は友紀にとって必要になる、そう確信した。
「そんなこと……言わないでよぉ……」
滝のように涙を流す友紀は子の巣立ちを寂しがる親のようで、俺達は若干引いた顔して友紀を眺めていた。
「ごめんごめん、おいで? 友紀ちゃん」
友妃は迷うことなく俺の胸に飛び込んできた。そんな友妃がたまらなく愛おしい。そんな友紀をやれやれといった感じの優しい瞳で見ている宇野和、そんな宇野和を優しく見守る安曇。
「郁雄は郁雄のままでいいんだよぉ」
「僕のこと、とろくさいって思ってるくせに~」
「それとこれとは別だよぉ」
「ははっ、そっか~」
狂いそうなほど友紀が愛おしくて、このまま無理矢理にでも俺のものにしたくなる。なあ、友妃……さっさと俺だけのものになれよ。心も体も全部俺のものになって、死ぬほど愛すから──。
「よーしっ。友紀ん家が迷惑じゃなければさ、生徒会長ブッ飛ばすぞ! の決起集会しよ!」
なんだそれ、と思ったのは俺だけじゃない。安曇が即座に「なんだそれ」とツッコミを入れた。
「だってイライラ収まんないし! まじで2発は殴んないとうちの気が済まないわ!」
「やめとけ、お前も一応女なんだし」
「はあ!? うちがあんなやつに負けるって!?」
「んなことは言ってねぇだろ」
「ちょ、2人とも落ち着いて! ね?」
俺から離れて宇野和と安曇の仲裁に入る友紀。困った表情を浮かべながらもどこか嬉しそうな友紀の表情に俺が気づかないはずもない。友妃が物理的にも心理的にも俺から離れていく名残惜しさをただただ受け入れるしかねえ。
「うちは! ……友紀のこと親友だって、そう思ってる。だから許せねぇの!」
友紀にとって宇野和はかけがえのない存在になる。俺には友紀しかいねえのにな…………視線を感じてそっちに目をやると、安曇が真顔で俺をガン見していた。『なんだよ、うぜぇ』という目で睨みつけると、『寂しんぼうか?』と煽り目してきやがった。
「……沙雪ちゃん、本当にありがとう私のために……こうなったらあの生徒会長の鼻、へし折ってやるわ!」
おい友紀待て、お前そんなキャラでもねぇだろ。つーか残念なことにあの会長さんもう学校に来れないけどね? 俺がそんなの許すないでしょー。まあ、どっかの学校でぶつくさ文句言いながら過ごすんじゃね? 知らんけどー。
「決起会という名の暴飲暴食パーティーしよ! 買い出し行かね~? あ、琢矢と細谷で行ってきてよ、適当に買ってきて~」
「俺は別にいいが細谷が嫌がると思うぞ?」
ここで断ったら友紀に怪しまれんだろうがよ!
「ははっ、嫌だなぁ。僕は全然いいよ~? 行こうか、安曇君」
── 油断した、というより忘れてた。これは完全に俺の管理不足が招いた結果だ。
「ちょ、友紀どうしたの!?」
「顔赤くねぇか平田」
「友妃ちゃん……まさか」
「うぇーい! みんなも楽しんでるぅ!?」
「「「……ああ、うん……」」」
やらかした、マジでやらかした。友紀の手の届く範囲に酒は置いておくなってあれほどおばさんとおじさんに言ったのに……まあ、俺が確認を怠ったのも悪いが……友妃って所々抜けてるっていうか、マジでなんっも確認せず飲み食いする節あるからたまったもんじゃねえ。で、俺がちょっくらい家に戻ってる間に酎ハイ2本いっちゃってるわ。
どうするよ、これ。過去にも1回だけあったんだよなぁ。あん時はおばさんがすぐ気づいて取り上げてたからここまでべろんべろんっつー感じでもなかったが。
「だいたいなんなの!? あの会長様は! あんただって恋人いないくせに! たぶん童貞なくせに! なぁにが「友人も恋人も彼氏いないだろ?」だよ! 友人はいるわ! 沙雪ちゃんがいるもん!」
あーあ、こりゃ完全にハイになってやがるわ。荒療治にはなるが、一旦強制的に眠らせるのもあり?



