なんで、どうしてこんなことになったの?
「ちゃんと会長に渡したよね!?」
「だったら俺の手元に無いのはなぜだ!? おかしいだろ!」
おかしいだろって言われても、ちゃんと渡したじゃん。「あぁ悪いな、助かったよ」って受け取ったのは会長だよね?
「そんなこと言われても私は確実に渡したよ。私が失くしたわけじゃない」
「あぁん!? 俺が失くしたって言いたいのか!?」
そうでしょ、そうでしかないじゃん。
「悪いけど、そうとしか思えない」
「……ははっ、これだから君は……どうせ恋人どころか友人すらいないのだろ?」
は? なによそれ。今関係ある? 意味が分からない、この質問の意図が全く読めない。なにを考えているわけ?
「そんなの、関係ないじゃん」
「はっ、どうかな」
いや、書類が紛失した話と全く関係がないよね? なに、嫌がらせ? 責任逃れしたいが為になんでもかんでもネタにして揺さぶろうって魂胆? 生憎そんなことで折るほど弱い女じゃない、私は。
「だからなんだって言うの? 関係ないよね?」
「自分の非も認めず、人の目もまともに見れない変人が好かれるわけがない! なあ、俺の目を見ろよ、目を! 目上の俺に対してこの態度とは全くもって不愉快だ! 頼りになって男女共に好かれているとは聞いてたが、周りは気を遣っているだけなんじゃないのか? 全く哀れな女だ」
この会長は生粋のお坊っちゃま気質で、楯突く人はこの学校にきっといない。それだけ厄介な人だということ。だけど、なんでここまで言われなくちゃいけなの。あまりにも理不尽すぎるよ、こんなの。
「(俺の女にしてやってもいいと思っていたが、とんだ女だな。ちょっと見た目が良いからって調子に乗りやがって。どうしてくれようか、俺に恥をかかせた償いは──)」
私はこれ以上会長の心の声を聞きたくなくて目を逸らした。
「まずは謝罪からだ、謝れ。俺に恥をかかせやがって」
会長が騒ぐからギャラリーが増えたんでしょ? だいたいそうやって威圧すれば私が謝るとでも? 自分に非がない以上、私は絶対に謝らない。
「謝ってほしいのはこっち」
「なに?」
「(なんだこの女! 今この場で詫びて、俺が満足するまでご奉仕すれば許してやるっていうのに! )」
気持ち悪い、本当に気持ち悪い。
こんな能力、やっぱりいらない。
「この俺がどこの誰だか分かって言っているのか? 謝らないと言うなら徹底的にやるぞ? この意味、分かるよな? 君だけの問題じゃ済まないぞ」
なにそれ、脅し? 悔しい、なんで私が謝らないといけないの? なんで、どうして? 私は絶対に渡した、確実に渡した。
『いいかげんにして、ふざけんな!』そう言ってやりたい、けれどもう言えない。私への嫌がらせに郁雄や沙雪ちゃん達を巻き込むわけにはいかない。クラスメイトにも迷惑をかけることになってしまう。この会長なら容赦なくやってくるはず。こういう横暴な男が権力を持つとこうなる、必ずね。
私が我慢すればいい、私が謝ればいいだけの話なんだ。それで済むなら、それが一番の解決策。
悔しい、でも仕方がない。
「ごめん」
「あ? なんだって?」
「ごめん」
「聞こえないな」
なにこれ、屈辱的すぎる。じわっと涙が滲んで視界が霞む。会長の前では泣きたくなかったのに。
「(はっ、これだから女は。泣けば許されると思ってる。とくにこういう容姿でチヤホヤされているタイプの女は非常に打たれ弱い。さぁ、さっさと頭を下げて謝れよ! そして俺を楽しませてくれ、思う存分なぁ)」
両手を強く握りしめて震える拳。下唇を噛んで、うつ向く私。
「友紀!」
私の名前を呼んで、息を切らしながら走ってきたのは沙雪ちゃんだった。
「はぁっはぁっ、ごめん遅くなった」
「沙雪ちゃん……」
思わず沙雪ちゃんの瞳を見てしまって、でもここで逸らすのは違うんじゃないかって、そう思った私は沙雪ちゃん瞳をしっかり捉える。
「(友紀を泣かせやがってこのクソ野郎、殺す)」
「ちょ、沙雪ちゃっ」
「おい、クソ野郎」
「クソ野郎とは誰のことだ!」
「おまえしかいねぇだろハゲ、ぶっ飛ばすぞ」
沙雪ちゃん、完全にスイッチ入っちゃってない? ヤンチャそうな子だな~とは思ってたけれど、たぶんホンモノだ。
「下品な女め!」
「あ? 下劣な男に下品だの何だの言われたくないんだけど~」
「なんだと!?」
すると、ふわりと香ってくる郁雄の匂い。そして、肩にトンッと優しく置かれた手。ゆっくり見上げると、会長を睨みつけている郁雄がいた。
郁雄のこんな顔は見たことがない。こんなふうに怒っている郁雄は初めて見るかも。というより、本当に郁雄なのかな? なんかこう、雰囲気が違いすぎる。
「友妃ちゃん」
初めて見る表情でも、どれだけ雰囲気が違くても、でもやっぱり郁雄は郁雄だ。
いつもは頼りなくて、とろくさくて、どうしようもない男なのに、そうなはずなのに、なんでだろう。郁雄が傍にいるってだけでとても安心する。
ねえ、郁雄。いつからそんな男らしくなったの? 私が知らなかっただけ? こんなにも傍にいたのにね。
郁雄のこと、頼りなくてダメダメな男だってそう決めつけていた私は、幼なじみ失格かな。
「遅くなってごめんね? 友妃ちゃん。先に教室戻っててよ、みんなすごく心配してたよ?」
「でも……」
「いいからいいから、僕は平気だよ」
「郁雄」
「(……)」
なんで、どうして読めないの。本当は怯えているんじゃないかとか、私のために無理をしているんじゃないかって、心配なのに。
「友紀ちゃんは心配性だな~。宇野和さん、友紀ちゃんのことお願いできる?」
「任せて」
「友紀ちゃん、行って」
「けど」
「宇野和さん」
「了解」
私にはいつ通りの優しい笑みを向けてくれる郁雄。けれど、その笑みの向こう側に普段の郁雄にはない何かがあるようにも見える。私は今の郁雄に逆らうことは許されないと、そう本能で感じた。
「ごめんね、郁雄」
「ええ? なんで友妃ちゃんが謝るかなぁ。よしよし、もう行きな?」
私がいつも郁雄をあやす時みたいに私の頭を撫でてきた郁雄。普段抱きついてきたりスキンシップ激しめな郁雄だけど、私の頭を撫でるって……今までなかったかもしれない。立場が逆転しちゃったな。
書類紛失も、いつもと雰囲気がどことなく違う郁雄も、何一つ解決しないまま、私と沙雪ちゃんは少し離れてたところで一部始終を見ていたクラスメイト数人と教室へ向かった。
「平田さんごめん! 助けれなくて」
「本当にごめんね! 怖くて何もできなかった……」
「いやいや、ありがとう。その気持ちだけで嬉しい」
「それにしても宇野和ちゃんかっこよかった!」
「うんうん! すごかった!」
「別にそうでもないでしょ~」
「ていうか細谷君、なんかこう雰囲気が違ったね」
「だよね。いつもゆるふわっていうか、ちょっとどんくさい感じだけど、平田ちゃんと2人でいる時っていつもあんな感じなの?」
いや、全然違う。あんな郁雄はじめてで、私にだって何がなんだか分からなかった。いつもの郁雄だったはず、けれど普段の郁雄とは何かが違った。
「……大丈夫かな、郁雄」
「細谷なら大丈夫だって。あんな激重執っ!?」
なにか言いかけた沙雪ちゃんの口を塞いだのは、どこからともなく現れた琢矢くんだ。
「大丈夫か、平田」
「うん」
「悪いな、便所行ってて遅くなった」
「あぁもう! 塞ぐな口を! 手ぇ洗った!?」
「洗ってねえ」
「汚ね! そんな手でうちに触んなアホ!」
「冗談だ、洗ってある」
「友紀どう思う? キモすぎでしょこいつ」
「キモくねえ」
周りは「宇野和さんと安曇君も仲良いよね~」とか「正直宇野和ちゃんと安曇君ってちょっと怖いイメージあったけど、2人とも意外とお茶目だね~」なんて穏やかな空気が流れ、私も自然と笑みがこぼれる。
あの理不尽から救済してくれた沙雪ちゃんと郁雄のおかげで私はこうして笑えている。
ありがとう。



