「はーい、髪乾いたよ」
「ありがとう友妃ちゃん」
「今日浩子さん達いないんだっけ。どうする? 家に泊まってく? いいよね、お母さん」
「ど~ぞど~ぞ~」
「じゃあそうしようかなぁ」
「うん。じゃあ私お風呂入ってくるね」
「はぁい、いってらっしゃ~い!」

 満面の笑みで大袈裟に手を振りながら友紀を見送る俺に冷たい視線を向けているのは友紀の母親。

「ところでおじさんは?」
「ああ、なんか会社でトラブったとかで帰ってこれないかも~ってさ」
「へえ」
「にしてもあの娘ほんっと鈍感ね。何も知らない、何も気づかないなんて」

 友妃は俺のこと『過保護にしすぎかなぁ? 世話しすぎちゃってるかな?』とか思ってんだろうけど、逆だよ逆。俺がどんだけ裏で動いてんのか……まあ、友妃がそれを知ることはねぇけど。

「まあ、何事にもタイミングっつーもんがあるんすよ」

 俺の想いを知ってほしいと思う反面、知られたくないって矛盾が生まれる。そもそも俺の本性を知ったら友妃はどうする、離れていくか? このダメダメな郁雄くんじゃなきゃいけねえ、じゃなきゃ友紀と一緒にいられなくなるかもしれねえ。

 好きになればなるほど決意が揺らぐ。
 一緒にいればいるほど我慢ができなくなる。
 欲しいと思えば思うほど遠ざかる。

「拗らせ野郎だね。じゃ、適当にやんな~。わたし部屋にこもるわ~」
「うす」

 さてと、確認でもするか。

「我ながらキモすぎて笑えねえ」

 こんなことしてるって友妃に知られたら、マジで嫌われんだろうな俺。異変がないか友紀の部屋を隅々までチェックする。男絡みのもんがないか、とかね? ま、一度だってそんなもんが出てきたことはないし、この俺が蹴散らしてるんだから出てくるはずもねぇんけど、念には念をってやつね。

「いっそのこと監視カメラでもつけっかなぁ、あとGPS」

 ぼちぼち戻ってくるか? 友紀のベッドに転がって目を瞑る。これは友紀と一緒に寝るための作戦、勝手に友紀のベッドで寝落ちしちゃいました~的なやつ。これでころっと騙されてくれる友妃には感謝してるよ、ほんっと。

 ガチャ──

「あぁもう、またベッド占領されてるし」

 ぶつぶつ言いながら俺に近寄ってきた友紀。やべぇ、クッソいい匂いする。えろ、理性ブッ飛ぶわ。

 ああ、壊したい──。

「郁雄、おーい郁雄? ねえ、いっくんってば」

 おいおい、いっくんなんて呼ぶな。マジで理性ブッ飛ぶっつーの、死ぬわ。友妃はたまに俺のことを「いっくん」と呼ぶ。これは昔そう呼んでた名残みたいなもんで、ほんっとたまーにって感じ。

「ん~、友紀ちゃんおかえりぃ」
「もぉ。もっとそっち行って、狭いから」
「ん~」

 友紀が寝転べるスペースを開けると、躊躇なく寝転ぶ友紀は警戒心の欠片もねえ。まあ、それだけ俺のこと信用してるってことだろうけども。

「おやすみ」
「ん、おやすみなさぁい」

 少しすると友紀の寝息が聞こえてきた。

 ああ、やべ。友妃の匂い濃っ。すげぇ興奮する。後ろから優しく抱きしめて引き寄せながら包み込む。触りてぇとか邪なことを考えている俺のことを友妃は男して一切意識してないんだろうなぁ。ま、意識されてねぇなんて今に始まったことじゃねぇけど。意識されたことなんて一度だってねぇじゃん?

 俺は友妃を抱きしめながら眠りに就いた。


「──雄、郁雄」
「ん」

 目蓋をゆっくり開けると、俺を覗き込むように見ている友紀と視線が絡む。あぁクソ可愛い、めっちゃ好き……でも残念ながら俺の思考は読ませないよ、友紀が手に入るまでは。

「おはよう、朝食できたよ」
「おはよ~う友紀ちゃん、ありがと~う」

 友妃の容姿がいいなんて言わずもがなで、人当たりが良い(別に穏やかで大人しいってわけはない)のと、お人好しってのもあったり、要領よく器用にそつなく何でもこなす一面があるのも相まって、度々周りから頼られることも。

 飾りっけがなくて誰とでも平等に接するタイプな友妃は男女問わず人気がある。まぁ一部からは目が合わない子~だの変わった子~だの言われているが、大半の連中が友紀のことを好いてる。本人はそれに気づいてねえだろうけど。


 ── 学校、昼休み

「あっ、やば!」
「ん? どうしたの~?」
「会長から頼まれてた書類提出しなきゃ!」
「ああ」
「ごめん、行ってくる!」
「はいはぁい」

 だいたい学級委員だのなんだの引き受けて、さらに生徒会の仕事まで手伝うからこんなことになんだろうが。ほーんと激萎え。

「つまんね」

 適当に外を歩きながら休み時間だっつーのに外でわちゃわちゃと遊んでいる連中に白けた目をして、ふと視線をやるとベンチの上に書類らしきもんが無造作に置かれていた。

 ま、どうでもいいか。俺には関係ねぇし、いちいち職員室に届けんのもめんどくせえ。忘れた奴が勝手に取りに来んだろ。ダリ~帰りて~、仮病で早退して友紀に付きっきりで看病してもらうのもアリだな、とか考えながら廊下を歩いているとちょっとした人だかりができていた。

 うわぁ、ああいう連中に絡まれると厄介なんだよな。『郁雄君郁雄君~♡』ってクソだるすぎ。

「平田さん可哀想だよね」
「うん。さすがにあれはなくない?」
「まぁ、平田ちゃんも安請け合いしすぎな節はあるよね」
「ええ、それ言っちゃう~? 役員達めっちゃ助かってるって言ってたし、あたしらも平田さんに頼ってるくなーい?」

 平田って友妃のこと……だよな? この学校に平田は友紀しかいないはず。内容的に生徒会と何かあったくさいな。

「ねぇねぇ、友紀ちゃんに何かあったの?」
「あっ、細谷君! それがね、大変なの」
「てか郁雄君かっこい~♡」
「いやいやあんた、それどころじゃないでしょ今」
「あたしら見ちゃったんだよねぇ。平田さんが生徒会の大事な書類失くしたって生徒会長に責め立てられてるの~。平田さんはちゃんと渡したーって言ってたんだけど、なんかすごい揉めてたよー?」

 つーか何おめぇら。見て見ぬふりか、助けろよ。

「会長に怒鳴られててさすがにあれはやばくない? てきな。でも相手はあの生徒会長だし、ちょっと私らじゃ……」

 生徒会長……ね。ボンボンだか何だかでイキってるクソ野郎だろ? ちなみに俺はイキり会長とは違って、自ら素性を言い振り回したりはしてないんでね。

 にしても、友妃が書類を渡していないだの失くしただのありえねぇんだよな。どーせあのポンコツ会長が適当にどっかに置いて……もしかして、あのベンチの。

「なるほどね、状況はなんとなく分かったよ。で、友妃ちゃん達はどこにいるの?」
「体育館の渡り廊下にまだいると思うよ~!」
「そっか、ありがとう」

 あんのクソイキり会長が。前々から気に入らなかったんだよなぁ、あの野郎。そろそろ息の根を止めてやるか。

 だいたい友妃がそんな盆ミスするわけねぇだろ。友妃は頼られたらしっかりやりたいって責任を持って最後までやりきるタイプだ、大事な書類をぞんざいに扱うはずがねえ。てめぇのミスを友妃のせいにしてんじゃねぇよ、クソカスの分際で。

「チッ、待ってろ友紀……すぐ助けてやる」