「おっじゃましまーっす」
「ん」
「おお、やっぱ来たか沙雪」
「こんちは~! 琢矢ママのカレー狙いなのバレてたぁ? なんか手伝おうか?」

 琢矢ママと軽く会話を交わしてる間に琢矢はしれっとうちを置いて部屋に向かう。ま、いつもの光景。

「いいいい、琢矢の部屋でゴロゴロしときな!」
「んじゃお言葉に甘えて」
「できたら呼ぶわ~」
「おけ! 手伝いほしい時は呼んで、行くから」
「はいはーい」

 安曇家と宇野和家は親同士がめちゃくちゃ仲が良いっていうわけではない。琢矢とは幼なじみだけど、家が近所ってほどでもないし(徒歩20分ほどの距離)。『うちの子がお世話になってますぅ』『こちらこそお世話になっておりますぅ』的なテンプレ挨拶をする程度の仲でしかない。

「置いてくなし~」
「別に何とも思わねぇだろ」
「まぁね」

 当たり前のように琢矢のベッドに飛び込むと盛大な舌打ちをする部屋の主。椅子に座って即漫画を読み始める琢矢に視線を向ける。

「んだよ、うるせぇ」
「はあ? まだ何も言ってないんですけどー」
「なんだよ」

 ため息を吐いて漫画を閉じた琢矢は、目を細めながらうちを見た。視線が絡み合って離れない。琢矢ってこう見ると……目つき悪っ!!

「今日楽しかったね~」
「そうか」
「ねえ、どう思う?」
「あ?」
「細谷」
「別に」

 細谷郁雄、あの男は── 普通じゃない。あれは友紀と関わるようになってすぐのことだった。


「ああ、くそ無駄な時間だったわ。なんなのあれ、しょーもな」

 呼び出されて行ってみれば、琢矢のことが好きだけどうちの存在が邪魔だのなんだの~って……そんなの知らんし、めんっどくさ。ありもしないことを永遠にぐちぐちとうっさいし、女ってまじでダルいわ。
 
「宇野和さん」

 一瞬、ほんの一瞬だけど背筋がゾッとした。気配なんてした? いや、しなかった。いつの間に背後をとられた? 慌てて振り向くとそこにいたのは、友紀の幼なじみでゆるふわ男子とか言われている細谷郁雄だった。

「ああ、ごめんね? 驚かせちゃったかな」

 胡散臭い笑み、こいつには裏があるんじゃないかって前々から思ってはいたけど、やっぱビンゴだった?

「いや、別に。なに?」
「いやぁ、最近友紀ちゃんと随分仲が良いなって」
「ああ、うち友紀のこと気になってたんだよね」
「へえ」
「うちこんなんだし、きっかけがなければ関わるつもりはなかったんだけど」

 琢矢も友紀もいないこのタイミングでうちにわざわざ接触してきたってことは……って深く考えすぎかな。

「ねえ、もしかして君も僕目当てだったりする?」
「は?」
「いやぁ、いるんだよねえ。僕目当てで友紀ちゃんに近づこうとする女の子がさぁ」

 微笑んではいるものの、うちを見ている目は一切笑っていない。

「僕が目的なら回りくどいことしないでよ~。友紀ちゃんにちょっかい出すのやめてくれないかなぁ」

 これがゆるふわ男子……? いやいや、笑わせないで。こいつ、まじでやばいんじゃね?

「回りくどいのはどっち? 君でしょ。うちはあんたに興味なんて微塵もない」

 じりじりと距離を詰めてくる細谷の肩を掴んでうちに近寄らせなかったのは──。

「おい」
「琢矢」
「ははっ。嫌だなぁ、そんな怖い顔しないでよ~」
「お前っ」
「あぁはいはいごめんごめーん……手ぇ放せよ、触んなボケ」

 これがゆるふわ男子の本性、別に驚きもなかった。うちと琢矢は薄々勘づいていたから。

「はぁ、邪魔なんだよなぁ君達みたいな存在。友紀は俺だけのものなのにさぁ、ぽっと出の奴に取られるなんてたまんないよねえ、うざすぎ」

 ゆるふわ男子は激重執着男だった。

「しゃしゃり出てくんのも程々にしとけよ」
「あ? さっきから黙って聞いてりゃっ」
「あーもう! 喧嘩すんなって!」


 ってことがあったわけ。

「ゆるふわ男子が激重執着男だった件について」
「漫画のタイトルみてぇだな」
「漫画脳か!」
「ったく、他人の色恋沙汰に首っ込むな。めんどくせえ」
「友紀は他人じゃないし! うちの親友になるし!」
「括弧 予定 括弧閉じるってか?」
「うっさいわ!」

 友紀が細谷のこと嫌がってるなら無理矢理にでも引き離してやろうと思ってたんだけど、そんな様子はないんだよねぇ……大切な幼なじみって感じで。

「平田がいいなら別にいいんじゃねぇの」
「まぁそうなんだけどー」

 細谷郁雄、あいつはあなどれない。でもまあ、何よりも友紀が大切で好きなんだってことは嫌でも伝わってくる。でもあれは異常だわ、完全に歪んでるもんな。

「ほっとけ。俺達は俺達のやり方で平田と関わってきゃいいだろ別に」
「まぁねー」
「お節介ビッチとか言われんぞ」
「おまえ殴られたいわけ?」