店内に誰もおらず、商店街を歩いている人も見かけないからだろうか。雨音がここまで聞こえてくる。
(さっきより強くなってきたな)
雨宿りのためにここにきて正解だったかもしれない。
小さな木製テーブルを挟んだ真向かいの椅子では、マメが規則正しい寝息を立てていて、聞こえてくる雨音がさっきよりも優しく感じリラックスしてくる。
(可愛いな……)
私は少し腰を浮かせると、起こさないように椅子の上で眠るマメをじっと見つめた。
その時、カフェエプロンをつけた雨宮さんがこちらに歩いてくる。
「お待たせ致しました。当店の看板メニューである『おもひでコーヒー』です」
目の前に置かれた金彩の美しいアンティークのカップからは芳しい香りが漂っている。
「『おもひでコーヒー』、素敵な名前ですね」
「ありがとうございます。味覚は記憶と繋がっていると言われたりしますよね。このコーヒーがお客様の大切な思い出に彩りを添えられたら嬉しく思います」
(私の大切な記憶と思い出……)
「頂きます」
「はい、雨が上がるまでどうぞごゆっくり」
雨宮はそう言うと、軽くお辞儀をしてカウンターに戻っていった。
(美味しそう)
私はカップを持つとコーヒーを一口、口に含む。芳醇な香りがぐっと凝縮された味が口内に広がる。
「……はぁ……」
安堵にも似た息が漏れる。
どこか懐かしくて、言葉に言い表せない優しい味だ。
(すごく美味しい)
そして、私が再びカップに口付けようとした時だった。
突然──窓の外から聞こえる雨音と一緒に、ある光景が私の脳裏に浮かんでくる。



