─……運命を、凛空は拒絶した。

それは、運命の恋人を連れてきた父親のせいだ。

身の程知らずなことばかりを口にしたふたりは、

両家から絶縁された。

それでいて、息子に甘い母親は援助をやめていないらしいが、凛空は父方に今も寄り付かない。

当然と言えば、当然のことだ。
……同時に、我が子に甘くなる親の気持ちも分からなくもないから、何も言えない。

でも、やったことは心の殺人だ。
愛を誓った相手を、運命なんかで裏切った。

その運命を容易に調律できる人間からしてみれば、鼻で笑ってしまうくらい、お粗末な。

「……っ、」

天宮凛空は、完璧でも超人でもない。
確かに成績優秀で、運動神経抜群で、容姿端麗だ。
しかし、その裏には彼なりの努力がある。

それに、

「……お疲れさん」

─彼は、冷たい人間でもなんでもない。

泣かないんじゃなくて、泣けなかった。
泣かないんじゃなくて、泣き方を知らなかった。

痛くないわけじゃなくて、
痛みに慣れてしまっただけ。

悲しくないわけじゃなくて、
涙の流し方を忘れただけ。

傷付けられた心は、血も出なくて、誰からも見えはしないけれど、ずっと痛んだまま。

(葵咲の気持ち、わかってしまうな〜)

葵咲が、凛空を好きになった理由。
多分、凛空の本質的な柔らかい部分に惹かれた。

わかりにくい優しさが、零れ落ちる瞬間。
隣で見てみたいと言った、あの日の葵咲の言葉。

(うちの妹、めちゃくちゃ凛空が好きじゃねぇか)

弱くて、泣き虫で、それでいて、強かな妹。
誉は自分の妹の強かさに感心しつつ、凛空の背中を撫で続けた。


……放り投げたスマホの存在を忘れたまま。