「来週? 来週のどれですか?」
「御大の新刊ですよ。今度文庫化する」
「えっ!?」
社内で「御大」と親しみをこめて呼ばれるのは、70代後半になっても精力的に歴史小説や社会派小説を書き続けている小説家だ。
そのカバーと帯デザインの企画会議に私が!? 先輩が企画を立ち上げた!?
「あっ、ありがとうございます! 勉強させていただきます!」

私はあわてて立ってぐっと頭を下げた。う、う、嬉しい!! もう御大の本のデザイン会議に参加できる!!
顔を上げたら先輩は、相変わらず顎をゆるゆるなでながらニコッと微笑んだ。思春期の少年みたいな笑みなのに、同時に包容力も感じる。

30をいくつか過ぎた男性の笑み。1日中上げていた前髪がほろりと落ちる刻限。少し疲れゆったりとした肉食獣を思わせる。
顎をずっとなでているのは、夜になって無精髭が生え始めたからだと今気づいた。

「とりあえずその甘いの飲んで、ひとやすみしてから帰りましょう」
「あっ、はい! いただきます」
「純愛、ねぇ」
先輩が、クツクツ声を殺して笑っている。
わ、私、何て恥ずかしい話を……

「残業中のオフィスでミルクセーキ味のキスをするのは、純愛じゃないんですか?」