翌日、私は講義が終わると一目散に、喫茶店に向かった。
ドキドキしすぎていつものペースより早く歩いていたせいか、約束の時間よりもかなり早く着いてしまった。
服もこの前よりも可愛いのにしたし!
先輩が来るまでにもう一度、見てもらう小説を確認しておこう。
昨日も家に帰ってからは、作業ばかりだった。
でも、大きな不安は拭えない。
まぁ、作品を見られるという恥ずかしさの方が勝っているんだけど。
先に喫茶店に入り、この前の金髪お兄さんにオレンジュースを注文する。
昨日と違って、たくさんのお客さんがいた。
私は空いていたカウンター席に座って入念な確認作業を進めていく。
誤字脱字や意味が間違っていないかとか、周囲の物音も聞こえなくなるほどに集中する。
……これ、先輩に見られるんだよね?
やっぱり、やめようかな……ああっ!
なんで、こんなにドキドキするの!
大丈夫、きっと大丈夫……
「お~い。なに無視してんだよ」
その時、背後から私の肩に手が触れる。
「ひゃっ⁉」
振り返ると、先輩が目の前に……し、心臓が止まりそうになる。
思わずさっきまで見ていた原稿をさっとカバンに閉まってしまう。
先輩の私服姿、初めて見るかも。
バイトのエプロン姿しか知らないから、違った印象で……
「え、えっと、あの、その、こ、これは……」
「顔、赤いぞ?」
先輩が私のおでこを触わる。
このままだと、頭が爆発しちゃうよ~。
「熱あるんじゃないのか?」
そ、そんなことされたら、体温がますます上がっちゃいます……
「だ、大丈夫、れすぅ……」
先輩の目を見て話すことができない。
先輩が私の隣に寄って座る。
肩が触れ合って、ますます心拍数が上昇していく。
このままだと、オーバーヒートまっしぐらだよ。
「で、見て欲しいのは?」
「あっ、これです……」
さっきカバンに閉まった原稿を取り出し、先輩にそっと渡す。
緊張で手が震える。
「じゃ、これ見るけど。今度のバイトの時に言えばいい?」
えっ、今見てくれるんじゃないの?
でも、ここで先輩に見てもらうのをじっと待っているのも、メンタル的にかなり疲れそう。だけど!
「い、今、欲しいです!」
言っちゃった……
「……分かった。でも、始めだけな。全体の意見はバイトの時に」
先輩が静かに私の原稿に目を通していく。
読み終ったページを1枚1枚ペラりと捲る。
そんな姿もカッコイイ。
雑誌の表紙も飾れちゃうような……ああっ、脳内が先輩のこといっぱいに……じゃない!
どんな感想が来るのかドキドキしすぎて、ヘンな想像をしてしまう。
もしかして先輩、「つまんない」なんて思ったりするのかな?
自分で悪いように考えて勝手に傷心し、机に突っ伏してしまう。
い、いやでも、自信作だもん! 頑張ったもん!
きっと、良い感想が貰える……はず。
そう自分に言い聞かせながら、私は先輩が読み終わるのを待った。
「初めの部分、少し読んだ」
先輩の声に思わずドキッとして、我に返る。
10分ほどの少しの時間のはずだが、とても長く感じた。
「ど、どど、どうだったでしょうか?」
膨大な不安から自然と声が小さくなり、弱気でいっぱいになる。
「……面白かった」
先輩の最高の言葉に、私の心を覆っていた不安の雲が消え去り、ぱあっと晴れていく。
「ほんとですか!」
思わず声が大きくなり、突っ伏すのを止めて、すぐに先輩を見つめる。
嬉しい……「幸せ」って、こういうものなのかと深々と思う。
「まぁ、ヒーローが俺と同じ『ミコト』ってのが気になったぐらいかな」
……えっ? 一瞬で背筋が凍り付き、血の気が引いていく。
あれれぇ~おっかしいぞ~?
確か、昨日の夜中に「これ、先輩と同じ名前じゃん!」って、書き換えたはずなんだけど?
私は目にも止まらぬ速さで先輩の手から原稿を奪い取り、確認していく。
すると、始めのページに書かれた一つのセリフが目に飛び込む。
主人公の貧乏貴族の女の子が、ヒーローである王子様と出会うシーン。序盤も序盤だ。
まさか、この時に……目を通していくと、
『初めまして。私、西国の第二王子ミコトと申します』
書き換えるの忘れちゃってるじゃん!
そ、それに、この後って……
『そんな御方が、どうして私なんかに……』
『――貴女をオレのお姫様にするために』
わ、私……完全にやっちゃった‼
