【完】 瞬く星に願いをかけて

 
 店の中に入ると、金髪のチャラそうな男の人に席に案内された。


 先輩と仲良さそうに話していたけど、友達だったりするのかな。


 バイト先の目の前だが、ここに来るのは初めてだ。


 店先にある色褪せた食品サンプルや店内の内装からはノスタルジーを感じる。


 しかし、お昼時だというのに空席が目立つ。


 日曜日だから? 昨日の賑わいとは大違いだ。


 カウンターに座る常連っぽいおじいさんと店主っぽいおじさんとの話し声が、はっきり聞こえるほど静寂に包まれていた。


 まぁ、私のバイト先もこんな感じだけど。

 そんなことで、謎の親近感が湧いた。


「平城、何にする?」


「…………」


 先輩が聞いてくるが、落ち込みネガティブモードの私には届かない。


 もうヤダ……おうち帰りたい。


 謎の喪失感だけが私に残る。


 「身体が灰になっていく」ってこういうことなのかな。


「オムライス2つ。コーヒーと……平城は何にする?」


 さっきよりも大きな声で先輩が私に聞いてくる。


「え、えっと……」


 慌ててメニュー表を見て、


「じゃあ、オレンジジュースで」


 すぐに目に入ったモノを答える。


 すると、金髪の人が「あいよ!」と、居酒屋のような返事をする。


 レトロな喫茶店に全然合っていない。


 どんな人だろう……と眺めていると、


「何、よそ見してるの?」


 先輩が私の頬に手を当て、顔の向きを変える。


 先輩の手……大きくて、すごくあったかい。


 これだと、強制的に視線が合ってしまう。

 は、恥ずかしいよ……


「い、いや、その……ごめんなさい」


「昔からのダチだよ……腐れ縁ってヤツかな」


 先輩には私の考えていることはお見通しらしい。


 大学も一緒だったりするのかな。


「ここには、よく来るんですか?」


「たまに」


 愛想無いクールな返事。


 ごはんが来るまで、気まずい時間が続く。


 会話をしようにも、こんなの初めてだし……バイトの休憩時間に話すだけでも、ドキドキするのに……


「はい、コーヒーお待ち! あと、オレンジジュースね」


 金髪の人がお盆で持って来て、緊張の糸が少し解ける。


「いや~美琴が女の子連れてくるなんてな。あっ、もしかしたら、今日は雪が降るかも」


 笑いながら先輩の頭を馴れ馴れしく撫でている。


 いいなぁ……


「早く戻ってオムライス作れよ」


「へいへ~い。あっ、君さ名前なんて言うの~?」


 突然、私に話を振られて固まってしまう。


「あんま困らせんなよ。ほら、早く戻れ」


 先輩が冷たく金髪の人に話し、私を助けてくれる。


「美琴くん……」


「へぇ~後輩にそんな風に呼ばせてるんだ~」


 金髪の人がニヤニヤしながら、先輩を見つめる。


 先輩は無視を決め込んでいるけど。


「いいの。いいの。じゃあ、もう少しお待ちくださいね……美琴くん♡」


 浮足立った愉快な様子で金髪の人はキッチンへと戻っていった。


「はぁ……」


 先輩が呆れたように溜め息を吐き、右手で頬杖をつく。


 何気ない姿だが、店のオシャレな内装とマッチして、凄く絵になる。


 何時間でも眺めていられるほどに。


「平城ってさ、小説書いてるだろ」


 へぇ~すごいなぁ。先輩って、なんでも知っているんだぁ……


 えっ?


 ど、どうして、先輩が知っているの⁉ 


 店長にしか言ったこと無いのに!


「な、ななな、なんで知ってるんですか!」


「この前、店長から言われたんだよ。平城の書いた小説を見て欲しいって」


 頭が真っ白になる。


 一番知られたくない人にバレちゃった……もう、人生終わりだよ。


 店長……この恨み、晴らさでおくべきか。


「なんで、俺に言わないんだよ」


「だ、だって、恥ずかしいから」


 もし、「面白くない」なんて先輩から言われたら、立ち直れない。


 深い谷底に落ちたみたいに……


「店長なら良いのかよ」


「そ、それは、過去に小説を書いてたって聞いたから、アドバイスしてくれるかなぁって。それで……」


 先輩に問い詰められて、思わず下を向き、身体が縮こまってしまう。


 まぁ、店長に話しても、何も無かったけど。普段は優しくて相談乗ってくれるのに。


「今後、俺以外にアドバイス求めるの禁止ね」


「ええっ⁉」


 予期せぬ宣言に驚きを隠せない。


「明日バイト休みだから、その時見せること。場所はここ」


「えっ、でも、私、大学が……」


「返事は?」


「は、はい」


 声のボリュームが小さくなる。

 
 これしか言えないよ……


「は~い、出来たよ。オムライス2つね」


 タイミング良く金髪の人が運びに席にやって来る。


 黄金色に輝く卵に濃厚なケチャップの香りがマッチし、視覚と嗅覚から同時に私の食欲をさらに誘う。


「いただきます」


 先輩が手を合わせて言った。


 私も慌てて静かに「いただきます」と、合わせる。


 私がオムライスを、一口食べようとした時、


「いいな~俺もアドバイス欲しいな。み・こ・と・くん」


 金髪の人が聞いてほしそうにやけに大きく言った。


 その言葉に先輩が眉をしかめる。


「あ、あなた、盗み聞きしてたでしょ!」


 先輩との会話を聞かれていたのかと、声が荒くなってしまう。


「さぁ? ただ、美琴のアドバイスは為になるぜ。だって、コイツは――」


「そのくらいにしろ。飯、食べるんだから」


 言葉を遮って、先輩がオムライスに手を付ける。


「へいへい。じゃ、ごゆっくり~」


 イヤ~な笑みを浮かべて、金髪の人がキッチンへと姿を消した。


 ようやく食べられる……スプーンを口に運ぶ。


「……っ!」


 凄く美味しい。


 思わず笑みがこぼれる。


 一口、二口と手が止まらない。


 朝ごはんをろくに食べていないこともあってか、すぐに完食してしまう。


 おかわり欲しいけど……我慢しなきゃね。


 その時、カランカランと鈴の音が鳴り、誰かが店内に入ってくる。


 カウンターへと歩いていく男性客に視線が移った。


 あの人、大量の50円玉で両替したおじさん!


 中肉中背であんな美少女シャツ着ている人だもん。間違いない。


 すると、おじさんも私の方をちらりと見て、思わず視線が合ってしまう。


 目が逢っちゃった……私はすぐに目を逸らしたが、そのせいで余計に気まずく感じる。


「俺、そろそろバイト戻るから」


 食べ終わった先輩が席から立ちあがり、一緒にレジへ向かう。


「あの、私も払うので割り勘に……」


 すると、先輩がポケットからさっとスマホを取り出して、


「もう払っちゃったから」


 会計を済ませてしまった。