【完】 瞬く星に願いをかけて

 
 お昼時の駅前の商店街は閑散としていた。


 七夕であんなに賑わっていた昨日とは大違い。


「お昼、何にしようかな~」なんて考えながら、カバンを片手にゆっくり歩いていると、すれ違う何人かに声をかけられる。


 まぁ、私が本屋で働いていることを知っている商店街の人たちだが。


 のんびり歩いていると、バイト先が見えてきた。


 周りのお店と違って、看板がかなり錆びているからすぐに分かる。


 向かいのレトロな喫茶店からは、コーヒーの魅力的な匂いが香る。


 お腹が空いているからか、いつもより敏感に感じる。


「先輩いるのかな?」


 私は気になって本屋の中をちらりと覗いてみた。


 相変わらず、お客さんは誰もいない……それに、先輩の姿もない。


 もしかして、今日は休みだったのかな? 


 あっ、バックヤードにいるのかも――


「お~い、こんな所で何やってんだ」


 背後から突然話しかけられて、心臓が跳ね上がる。


 冷たく耳に残る甘い声……振り返ると、箒を持ってエプロンを着けた先輩が、私を見下すように視線を向けていた。


「み、美琴くん⁉」


「また『くん』付けかよ……」


 見つめるものを一瞬にして『魅惑』に落とす彼の瞳から、思わず目線を逸らしてしまう。


 なんて答えたら……まさか、本当に先輩と会っちゃうなんて。


 ドキドキとうるさい鼓動は、私に考えさせる余裕を与えてくれない。


「え、えっと、あ、あの、本を買いに来たんです!」


 緊張で声が震える。


「本屋に来るんだから、そうだろ」


 テンパり過ぎて、当たり前のこと言っちゃった! 


 絶対にバカだと思われた。


「え、えっと……」


 次の言葉が出ない。


 いつも小説を書いている時は、スラスラと出てくるのに。


 先輩に見つめられちゃうと、オオカミに睨まれたウサギのように何も出来なくなってしまう。


「こ、これを買いに来たんです!」


 私は近くにあった雑誌をテキトーにぱっと手に取り、先輩に見せた。


「へぇ~平城は野球に興味があるんだな」


 先輩の言葉に一瞬、思考が止まる。


 私は一度、表紙を見てみた。


 『オフシーズンの目玉はこれだ! 全国高校生ドラフト50人徹底調査!』と書かれている。


 ど、どうしよう……私、野球のこと全然知らないのに。


 オフシーズンって何? オンシーズンでもあるの? 


「ドラフトまでチェックするほどとは驚いた」


「えっ?」


「オレ、野球好きだからさ。同じ趣味なんだ……って」


 先輩の言葉に「違うんです」とは言えなかった。


 野球なんて、観るどころか、ルールすらも知らない。それに、運動オンチなのに……


 私はその雑誌をレジに持っていき、購入した。


 そして、強く思った。


 野球……絶対に勉強しよう。


 私が雑誌をカバンに入れた時、箒を置いてきた先輩が私の元へ来て、


「この後、休憩だから、一緒に昼飯な。あそこで」


 本屋の前の喫茶店を指差す。


 ど、どどどうしよう、ごはん誘われちゃった! 


 めっちゃ嬉しい! 


 高揚感が私を埋め尽くす。


 でも、私、朝ごはん食べてないからって、いっぱい食べるのも気が引ける。


「あ、あの……」


 ぐぅ~


 その瞬間、私のお腹が鳴った。


 少しの沈黙がふたりを包む。


 完全にやっちゃった。


 カッコイイ先輩の目の前で、なんということを……


「わ、わわわっ……」


 その刹那、顔の温度が灼熱へと変わる。


 先輩の反応が無いのが余計にツラい。


 自らの身体が灰に変わっていくような虚無感が私を襲う。


 好きな人の前で……もう、ぱっと星屑みたいに消えて無くなりたい。


 何事もなかったように。


「ほら、行くぞ」


 そっと、先輩が私の手を取る。


「は、はい」


 落ち込みを隠しきれず、愛想ない返事をしてしまう。


 占い、こんなすぐに当たっちゃうなんて……