逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





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演劇鑑賞後、特別席に私とレイラ様を残して、ウィリアム様とセオドアはここから離れた。
この劇場内に集まっている貴族たちに軽く挨拶回りをするらしい。
このような場でも交流をせねばならないとは、貴族も大変である。

特別席に座ったまま劇場内を何となく見渡すと、もう演劇は終わったというのに、たくさんの人たちがその場に残り、和気あいあいと談笑していた。



「…」



ふと、そういえば、レイラ様と2人きりになるのは、これが初めてであることに私は気がつく。

レイラ様が帰ってきてもう1ヶ月になるが、常にセオドアやウィリアム様がレイラ様の側にいた為、レイラ様と私が2人きりになることは今の今までなかった。

ウィリアム様もセオドアもアルトワ夫妻もいないこの状況で、レイラ様と一体何を話せばいいのだろうか。
一度も訪れることのなかったこの状況に、私はいつまでも沈黙を貫くわけにはいかないと焦り始めた。

何か、何か話題を見つけなくては。
ここは無難に先ほど見た演劇の内容がいいだろうか。
それとも機会がなく、言えなかった帰還を喜ぶ言葉や労う言葉を伝えるべきか。

そんなことをぐるぐるぐるぐると考えながらも、一つ席を開け、右隣に座るレイラ様をこっそりと盗み見る。



「ねぇ、えっと、レイラ」



すると、そのタイミングで、何とレイラ様が、少しだけ慣れない様子で遠慮がちに私を呼んだ。



「ふふ、やっぱり自分の名前を自分で呼ぶのは慣れないものね」



それからレイラ様はどこかおかしそうにそう言って私に微笑んだ。

め、女神様だ…。

あまりにも可憐に微笑むレイラ様に、今まで考えていたいろいろなことが全て吹っ飛び、そう思う。

私なんかが女神と呼ばれるべきではない。
ホンモノを前にすれば、ニセモノが如何にニセモノだったのかよくわかる。
レイラ様こそこの国一のご令嬢で、女神様なのだ。