だが、彼女はもう元に戻る。
アルトワの娘ではなくなる。
そんな真に自由になった彼女が何を望み、何を選ぶのかが、俺にはわからない。
けれどこれだけはわかる。
フローレスに戻るということは、アルトワにいた時のような生活ができなくなるということだ。
ただのリリーには今のリリーのような価値などない。
アルトワからの支援も当然なくなり、事業が軌道に乗り始めたとはいえ、贅沢をできるほどではないだろうし、また少しでも傾けば、フローレスは没落寸前の男爵家に逆戻りするだろう。
そんな不安定な生活を誰が一体望むだろうか。
俺は彼女に本当の俺を受け入れられて、救われた。
だから今度は俺が彼女を救いたい。
その為の結婚だ。
俺と結婚すれば、彼女は公爵家の者となり、彼女に新たな価値がつく。
ずっと俺といた彼女なら、名ばかりではない、この国の三大貴族の一つ、シャロン公爵家がどれほどの力を有しているのか知っているだろう。
俺を選び、未来の公爵夫人になれば、フローレス男爵家は未来永劫安泰だ。今後一切苦労しなくて済む。
こんな未来なら誰もが望むはずだ。
彼女もきっとそうだろう。
ただのリリーになった彼女に俺を選ばせる。
その為には、常に俺を選ぶこととはどういうことなのか、わからせなければならない。
公爵家の馬車に慣れてしまえば、もうただのどこにでもある馬車には乗れないだろうし、高級食材で作る美味しい料理ばかり食べていれば、もうただの料理では満足できなくなる。
そうやって彼女の日常を、少しずつ俺がいなれば成立しないものへと変えていく。
そこに愛がなくてもいい。
愛があればそれはそれで最高だが、彼女が手に入るのなら、最悪なくてもいい。
ただ利益を見て、未来を見て、当然俺を選べば幸せになれると気づいて俺を選んで欲しいだけ。
大丈夫。リリーなら俺を迷うことなく選ぶ。
遠ざかっていくアルトワ伯爵邸から俺は視線を逸らし、笑みを深めた。
ねぇ、俺を選んで、リリー。



