sideウィリアム
「それじゃあまた明日、レイラ」
「はい、ウィリアム様」
大きな扉の向こうでこちらに微笑む彼女に俺は名残惜しそうに笑い、小さく手を振る。
彼女の周りには弟であるセオドアと、ホンモノのレイラがいるのだが、俺の眼中には彼女しかいない。
俺に手を振られた彼女は俺に応えるように小さく手を挙げ、柔らかく微笑んでいた。
そして扉はいつものように閉められた。
ああ、本当はアルトワではなく、シャロンに連れて帰りたい。
そう扉の向こうに消えていく君を見る度に思う。
それでもそうできないのはまだ君がアルトワの人間だからだ。
名残惜しい、離れ難い気持ちで扉から離れ、シャロン公爵家の馬車へと乗る。
それかれしばらくして馬車は動き始めた。
「…」
動き始めた馬車から見える見慣れてしまった風景を何となく見つめる。
あのシャロン公爵邸には劣るが、なかなか立派な屋敷には俺の婚約者である彼女がいる。
彼女はレイラが帰ってきたあの日、レイラの代わりであるという価値を失った日、俺に言った。
ただ元に戻るのだ、と。
元に戻るとはすなわち、レイラの代わりではなく、没落寸前の男爵家の何も持たない娘、リリーに戻るということなのだろう。
彼女はレイラが現れたことによって、自由になったのだ。
今までの彼女は、アルトワ夫妻の顔色を伺い、レイラのように振る舞い、俺に婚約破棄されないように最低限のラインを守ってきた。
完璧な令嬢になり、周りの人が求める言葉を欲しい時に吐き、望まれた行動をする。
まるで俺たちの人形だったリリーはもう自由の身だ。
何を選んでもいい、何をしてもいい、全てが彼女の自由。
そこには婚約者の項目だってある。



