逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





「レイラ」



すぐ目の前にホンモノのレイラ様がいるというのに、ニセモノの私を〝レイラ〟と呼び、愛おしげに見てくるウィリアム様に少し同情してしまう。

ウィリアム様は常に完璧を追い求めなければいけない人だ。だからこそ、ウィリアム様の完璧の一つである婚約者枠のレイラ様にも完璧を求められる。
だが、しかしその完璧でなければならないウィリアム様の婚約者が、実はニセモノという完璧ではないものだったら。
そんなことが世間に知れ渡ると、ウィリアム様の完璧に傷がついてしまう。

なので、ウィリアム様も、シャロン公爵家もアルトワ伯爵家の考えに賛同し、今は私をレイラ様として扱っていた。

目の前にホンモノの大切な幼馴染がいるのに、ニセモノをホンモノとして扱うなんて、どんな思いなのだろうか。きっと心苦しかったり、嫌な思いをしていたりしているのではないだろうか。
ウィリアム様とレイラ様を見るたびに、私はそう思わずにはいられなかった。



「ぼーっとしているね?どうしたの?」

「あ、いえ。少し考え事を…」

「考え事?僕がいるのに他のことを考えていたの?」



私の答えを聞き、いつもの微笑みを崩さないまま、ウィリアム様がどこか気に入らないと言いたげに私を見る。



「いや、私が考えていたのはウィリアム様のことで…」



なので、私はそんなウィリアム様に曖昧な笑顔を浮かべながらも、正直に今考えていたことを伝えた。
するとウィリアム様の表情が変わった。



「そう…。僕の前で僕のことを考えていたんだ…」



どこか嬉しそうに目を細めているウィリアム様に私は違和感を覚える。

何故、ウィリアム様はこんなにも嬉しそうなのだろうか。
全く意味がわからない。



「行こう、レイラ」

「はい」



ウィリアム様の表情の真意なんてもちろんわからない。
なので、いつもの如く私は考えることを放棄して、ウィリアム様から差し伸ばされた手を取った。
それからウィリアム様に手を引かれ、馬車へと向かった。私たちの後ろには当然のようにセオドアもおり、同じ馬車に乗る。


「いってらっしゃい」



そんな私たちを今日も女神のような優しい笑みでレイラ様は見送ったのだった。