「うん。前は結構好きで何でも刺繍してたんだよね。ここ最近はそんな時間なくて全然できなかったんけど…」
少しだけ嬉しそうに笑いながらも、アイツはこちらに一切視線を向けず、慣れた様子でハンカチに刺繍を続ける。
アイツの手にある白いハンカチには、色鮮やかな蝶が数匹舞っており、なかなか凝ったデザインの模様が今まさにアイツの手によって作られていた。
姉さんが帰ってきて、コイツは習慣のようにいつもしていた予習復習をしなくなった。
アイツの夜の予習復習を見る、それが僕の習慣だったのだが、今ではそれが、刺繍を見る、に変わっている。
「ところでセオドア」
「何」
「何でセオドアはいつもここにいるの?貴族の姉弟は常に一緒にいるんでしょ?レイラ様のところに行かないと…」
「だからここにいるんだろ?」
「はい?」
僕の答えがあまりにもおかしかったのか、刺繍をする手を止め、アイツがこちらに怪訝な視線を向ける。
そんなアイツに僕は何でもないような顔をした。
「レイラ様はお前だろ?」
「あ、いや。そうなんだけど、そうではなくて…」
「お前が今はレイラ様だ」
「まあ、うん。そう、だね」
僕のはっきりとした主張を否定することもできず、苦笑いを浮かべてアイツが首を傾げている。
そんな間抜けな姿さえも、可愛いと思えてしまう僕はもう病気だ。
アイツに…リリーに自身の頭を預けたまま、ゆっくりと瞳を閉じる。
僕を包むリリーの優しい香りに、近くに感じる柔らかな温もり。
全てがリリーのものであるこの空間が僕は堪らなく好きだった。
そしてその全てを独占しているこの瞬間も。
ーーーー絶対、リリーと結婚する。
今日もそう強く心の中で誓ったのであった。



