逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





「ここでは貰えないから。今はこれで」



真っ赤になっている私にウィリアム様は悪戯っ子のように微笑んだ。
それから私の耳元に唇を寄せ、「またあとでちゃんとしたの頂戴ね」と甘く囁いた。

そんな私たちを見て「きゃー!」と女生徒たちが歓声を上げる。



「女神様のようなレイラ様と王子様のようなウィリアム様、完璧なお2人、お似合いだわっ」

「素敵すぎるっ」

「すきぃっ」



と、様々な女生徒たちの声が聞こえてくるが、これも日常茶飯事だった。
ウィリアム様の距離感はとても近く、いつもこんな感じなので、私にウィリアム様が何かする度に女生徒たちは嬉しそうに騒ぐのだ。



「公衆の面前で何をしているのですか。場を弁えてください。姉さんの評価が下がります」



そんな騒ぎの中、私たちの元に現れたのはセオドアだった。
セオドアは気に食わなさそうに私の腕を掴むと、ウィリアム様から私を引き離した。

この6年でセオドアもウィリアム様と同じようにぐっと身長を伸ばし、美しく成長していた。
ウィリアム様に比べると少し小柄なセオドアだが、周りの人と比べると全然高い。
長すぎず短すぎない艶やかな黒髪は相変わらず綺麗で、私を睨む空色の瞳も私と似たもののはずなのにセオドアの瞳というだけで輝いて見えた。
儚げ美少年だったセオドアはその儚さはそのままに儚げ美青年へと見事な成長を遂げていた。



「姉さんも姉さんだ。あんなことを気軽に許すなんて。このあとはすぐお風呂に行くからね。さっさと洗わないと」

「えぇ?お風呂?まだそんな時間じゃないんだけど」

「文句なら数分前の自分に言って。あんなことさえされていなければこれからお風呂に入らなくてもよかったんだから」

「えぇ…?」



迫力のある冷たい表情で私に迫るセオドアに文句を言うが全く聞く耳を持ってもらえず、思わず不満顔になる。

セオドアはこの6年間、ずっとこんな調子で私に関わってきた。
姉さんならこうする、姉さんならこんなことしない、姉さんが選ぶものはこれだ、と様々な文句を言いながらも、私の全てに関わろうとするセオドアに私はずっと従ってきた。
全ては完璧なレイラ・アルトワになるために。