逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。






コイツは悔しいが姉さんと瓜二つだ。
愛らしいが綺麗な顔立ちも、艶やかなまっすぐな黒髪も。
違うところと言えば、髪の長さと瞳の色、それから僕と同じ位置にある右目の下のホクロの有無くらいだ。

このままコイツが見た目だけではなく、中身まで姉さんと同じになってしまったら。
今度こそ本当に僕の姉さんの帰る場所がなくなってしまう。
コイツこそが僕の姉さんになってしまう。
そんなこと絶対に耐えられない。

だから僕は常にコイツの隣にいるのだ。
全部だ。姉さんの評価が落ちること以外は全部、姉さんと真逆にしてやる。
食の好みや服の趣味、何もかも全部姉さんとは違うものにしてやる。
そうして見た目だけは姉さんに瓜二つのニセモノを僕が作るのだ。

ーーーー姉さんの帰る場所は僕が守る。



「また間違えた。お前、本当馬鹿だね」



また同じ箇所を間違えているニセモノに僕は見下すように笑い、そこを指摘する。
すると、ニセモノは僕のことを軽く睨んできた。



「私は男爵の娘だからね」



それだけ言ってプイッと僕から視線を逸らすニセモノ。
僕に凄んだつもりだろうが、全く迫力がない。
まるで子猫にでも可愛らしく威嚇された気分だ。



「今は伯爵令嬢だ。こんなところで躓くな」

「…はーい」

「気に入らない返事だな?」

「…」

「何?その顔」

「うっ、ちょっとやめてよ!」



あまりにも不服そうにしていたニセモノのことが気に食わず、ニセモノの頬を右手で鷲掴む。
僕に頬を掴まれて、変な顔になっているニセモノはとても嫌そうに首を何度も何度も振っていた。



「…フッ」



何とも無様なニセモノの姿に自然と笑みが溢れる。

コイツは姉さんじゃない。
姉さんのニセモノのであり、姉さんが帰って来るまでの代わりだ。
姉さんが帰って来るその日まで、僕はコイツから絶対に目を離さない。
完璧な姉さんにコイツが成り代わらないように。