逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。






「私だって帰りたい。私だって愛する家族がいる。私は私のまま生きていたかった」



今まで我慢していたものが溢れ出す。
男爵家の為に、と全てを捨てて諦めていたつもりだったが、どうやら心の奥底では違ったらしい。

私は私を殺しきれなかった。
リリー・フローレスはずっと私の中で生きたいと叫んでいた。



「僕だって、お前なんかを姉扱いしたくない。僕も会いたい。愛する姉さんに」

「私も帰りたい。伯爵家の娘なんて柄じゃない」

「姉さんに会いたいよ…」

「ゔぅ、帰りたい…」



最初こそ睨み合っていた私たちだったが、次第にその瞳から憎しみは消え、やがて悲しみ一色になっていた。
そして気がつけば私だけではなく、セオドア様も泣き始め、私たちはお互いに泣きながらも文句や願いをただただ言い合った。

そうして何十分も経った頃、私たちはやっと落ち着きを取り戻し、互いに黙ったまま下を向いていた。


…やってしまった。
いくら我慢の限界だったとはいえ、セオドア様に泣きながら文句を言い続けるだなんて。
絶対怒っている。このままでは最悪追い出されてしまう。
そうなれば男爵家は終わりだ。



「…」



気まずくて気まずくて仕方ない。
しかしこのまま黙っているわけにもいかず、何か言おうと顔をあげる。
すると泣き腫らした目をしたセオドア様がまっすぐとこちらを見つめていた。



「…お前は僕の姉さんなんかじゃない。それでも姉さんが帰って来るまでここにいることを許してやる」



私と視線の合ったセオドア様が、私の腕を引き、私を自身の腕の中へと入れ、抱き寄せる。
最初こそ、いろいろな感情があれど、ロケットの写真をぐちゃぐちゃにされたこともあり、腹立たしい相手であったセオドア様だが、セオドア様の想いを嫌というほど知り、その感情もいつの間にかなくなっていた。

私たちは互いに愛するものを手放すしかなかった者だ。
少し違うが同じような傷を持つ同士、互いに支え合うのも悪くないだろう。

私は私を抱き寄せるセオドア様の背中に自身の腕を回して、強くセオドア様を抱き締めた。