逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





アルトワ夫妻に、レイラ様。
次の別れの挨拶はセオドアかな?

そう思ったのだが、セオドアはこちらを冷たく見るだけで何も言わない。
そしてそれはウィリアム様も同じで、ウィリアム様は微笑むだけ微笑んで特に私に何かを言おうとはしなかった。

黙ってこちらを見るだけの2人に私は首を傾げる。

何故、2人はこの場に来たのだろうか?
ただニセモノである私の退場する姿を見に来ただけとか?
大好きで大切なレイラ様がそこにいるから一緒にいるだけとか?

最後までよくわからない2人だ。



「皆さん、大変お世話になりました。どうぞ、お元気で」



セオドアからもウィリアム様からも別れの挨拶がないのならと、私は2人の挨拶は聞かずにその場で深々とお辞儀をした。

それから玄関の扉が使用人の手によって開かれる。
開かれた先にあるあの馬車が私の乗る馬車だ。

馬車へ向かおうと一歩踏み出したその時、私の両隣にウィリアム様とセオドアが現れた。



「リリー」

「…」



ウィリアム様は私の名前を優しく呼び、セオドアは無言のまま、私に手を差し出す。

馬車までエスコートしてくれるの?
何故?



「…」



まあ、もうどうでもいいか。

ウィリアム様とセオドアの行動に疑問しかなかったが、私は特に気にせず、2人の手を取った。
最後だからきっとこうしてくれるのだろう。

確かに2人は私のことを気に入っていなかったかもしれないが、それでもこの6年で、私たちは私たちなりに歪ながらも確かに関係を築けていた。
その関係の先がこの見送りなのだろう。
2人からの言葉はないけれど、きっと行動で私に別れを告げているのだ。

2人にエスコートされて私は馬車へと乗る。

歪んでいるし、最悪なところもあったけど、決して2人のことが嫌いなわけではなかった。
私自身も2人に嫌いと好きでは表現できない歪で複雑な感情を抱いていた。