逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





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もうすぐここから出られる。
ただその事実だけを胸にこの嫌がらせを受け続ける最悪な日々を耐えてきた。

そして、今日、私はやっと解放される。

歩き慣れてしまったアルトワ伯爵邸内の廊下を1人で軽やかに歩く。
この綺麗で洗練された美しいお屋敷とも今日でお別れだ。
もうここへは来ないのだと思うと、少々寂しい気もするが、それでもやはりこれからの自由を思うと、嬉しさの方が勝つ。

フローレス男爵家に近い、あちらに移動したらまずはお父様とお母様に会いに行こう。
それからこの6年間のことをたくさんたくさん話すのだ。
のんびり過ごすのもいい。好きな刺繍に没頭するのもいい。
アルトワ伯爵家に支援されているとはいえ、いずれは独り立ちせねばならないので、事業を始める傍らで、どこかで働くのもありだ。
フローレスの事業を手伝うのもいい。

あちらに行ってやりたいことが私にはたくさんある。

荷物はもうあちらに送っているので、今私は何も持っていない。身一つであちらに行く。

久しぶりに明るい気持ちで玄関ホールまで向かった私はそこに広がる光景に驚いた。
たくさんの使用人たちがまるで私を見送るかのようにそこにいたからだ。

私はここからひっそりと出るつもりだった。
だから人の注目を集めない早朝にここから出ると決めていた。

だが、しかしまだ朝の4時だというのに、そこは使用人たちで溢れていた。