逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。





私はそんな2人に淡々と続けた。



「何も持たない、何もできない、ただの娘をここまで立派に育てていただいたこと、我が男爵家の支援を続けていただいたこと、私は…」

「ちょっと待ちなさい」



今までの感謝を2人に伝えようとしたのだが、それを突然、伯爵様が遮る。
こちらを見つめるセオドアと同じ空色の瞳には戸惑いが見えた。



「…レイラ、いや、君は私たちの娘だ。娘を育て、娘の生家を守ることは当然のことだ。お礼を言われるようなことなんてしていない。それなのに何故君はお礼を言うんだ。それではまるで…」



そこまで言って、伯爵様は黙ってしまった。
この先はまるで言いたくないというように。



「…私は確かにあなた方に娘のように大切に育てていただきました。ですが、元はフローレスの娘なのです。ここまでのご厚意、本当に感謝しております。お二人は私にとってもう1人のお父様とお母様でした。ですが、もうここには私という存在は必要ありません。ですからフローレスに帰らせていただきたいんです」



そこまで言い切り、私は今までの感謝を改めて伝えるように2人に深々と頭を下げる。
そんな私を見て、まず最初に声をあげたのは奥方様だった。



「やめて!顔をあげて!違うの!違うのよ!私は…、私たちは確かに最初こそアナタをあの子の代わりとして迎え入れたけど、本当に我が子のように思っていたのよ!?」



今にも泣き出しそうな奥方様の声にどうしてだか、胸が痛くなる。
私を見つめるレイラ様と同じ星空のような深い青色の瞳には悲しみが広がっていた。



「セイラの言う通りだ。私たちは君を娘だと思っているんだ。君の役割が終わったからといって、君を手放すつもりはない。レイラと入れ替わった後も、レイラの双子の妹として、今のレイラのように、変わらずアルトワの娘として、君にはここにいてもらう予定だったんだ」



隣にいる奥方様の背中を優しく撫でながら、真剣な眼差しで、伯爵様が私を見る。
2人のその視線には今までと同じ愛しかなく、胸がいっぱいになった。
2人が私を愛してくれていることは知っていたが、でもそれはレイラ様の代わりとして、その延長で愛してくれているのだとずっと思っていた。
それがまさか私自身を本当の娘として愛してくれていただなんて。