夜にかける君に、希望の朝日を


朝起きると見慣れない部屋にいたが、あまり気に求めず時計を探して見るとすでに時間は7時を回っていた。

学校に行く気がなかった私は両手をあげて伸びをしながらふわぁーと欠伸をしてばたんとまた横になった。

バンバンバンとドアを叩く音がし始めてからしばらくして、誰もいないはずの家に人がいることに気づいて枕を抱えて恐る恐るドアノブを握った。

一呼吸置いてぐっと枕を振りかざしながらドアを開けると健斗が立っていた。

あっ、と思った時には遅かった。

振りかざした枕は健斗の顔面に直撃してパーンと音を鳴らした。

まずい、と思ってそーっとドアを閉めようとしたが、ガシっと扉を押さえられてストンと落っこちた枕のしたからは気味の悪い笑顔の健斗がいた。

作戦を変えてあはーと誤魔化そうとする私を見てピキピキと怒りマークが顔中に出てくるのが、私でも、わかった。

「はるか、後で話がある。」

「はい、すみません」

頭を下げて怒られる準備をしていたが後で、と言う言葉に引っかかり、へ?と顔を上げるともういつもの健斗に戻っていて

「とりあえず朝食だ。その後でこてんぱんにしてやる。さっさと降りてこい」

そう言って階段のほうに歩いて行った。

拍子抜けしていたがそんな暇はないことに気づき、慌てて階段を降りてリビングに向かった。



リビングではマスターがせっせとコンロの前で目玉焼きを焼いていた。

そこでなんだか不思議な感じがした。

昨日までただのカフェで顔を合わせるだけの仲だったのに、こんなに、あったかい、ずっといたい場所になるなんて。

少し目を細めてまだ閉まっているカーテンを見つけて開けに行くと、外の小鳥のさえずりが一段と大きく聞こえた。

公園が近いからだろう。

窓を開けて換気をしつつ、外の景色を見ていると健斗が

「お前さー、居候させてもらってんだから飯運ぶのくらい手伝えって」

エプロンと三角巾を被った格好でサラダの乗ったお皿を両手に持って見下ろしてる姿を見て、あまりの似合わなさに吹き出してしまった。

「な、何笑ってんだよ。早く手伝えって」

「うん、ごめん。今やる」

お腹を抱えながらなんとかそれだけ言い、私も台所に向かった。

「はるかちゃんおはよう。よく眠れた?」

「マスターおはようございます。おかげさまでぐっすり。これ、持っていきますね」

おうありがとうな、そう言って丸机に色とりどりの料理が並んでいく。


5分もしないうちに最後の目玉焼きの乗ったトースターを持ってマスターがやってきた。

「健斗、食べるぞー」

「うす」

たったっと洗面所の方にいた健斗も揃って3人着席したところで手を合わせてご飯を食べ始めた。

「マスター、これいつもと味付け違う?」

健斗の声にマスターは目を丸くして笑った。

「健斗には敵わないなぁ。いつもより醤油を多くして胡椒を減らしてみたんだ。よく気がついたな」

「まあな、マスターの料理を一番食べてるのは俺だし」

頭を掻くマスターの横で得意げに料理を平らげていく健斗に違和感を覚えて「ねえ健斗」と口を挟んだ。

健斗は「ん?」と箸を止めずに聞き返してきた。

聞くべきか迷ったけど腹を括って

「健斗ってなんでマスターのことお父さんって呼ばないの?家族なのに」

一瞬健斗の動きが止まった。が、

「なんでも。店でマスターってずっと呼んでるからそっちの方がしっくりきてるだけ」

なんかはぐらかされた気がしたけどそっか、と納得することにしてこの話を終えた。



全員食べ終わって食器の片付けが終わったのが7時半。

健斗がひょこっとリビングに顔を出して

「行ってくる」

とだけ残してドアを開けて出て行った。


それからしばらくしてマスターが

「さっきの話しだが、多分あいつのタイミングで話そうと思う時が来るだろうから、その時まで待ってやってくれ。」

「さっきのって、やっぱり健斗も過去になにかあったんですか」

しばらくマスターは黙って黙々とキッチン周りの清掃をしていたが、ふと口を開きかけていや、と呟き

「これは、私が勝手に話していい話ではない。悪いが、健斗が話す気になるまで待ってやってくれ。昨日、はるかちゃんの話を聞いて何か響いたように私には思えた。はるかちゃんには本当のことを近いうちに話してくれるはずだよ」

そう言って爆音で掃除機をかけ始めたため話せる感じでなくなり、私は2階に上がった。
リビングを出るタイミングでマスターに「今日は手伝わなくていいからー、部屋でゆっくりしてー」と言われてありがとうございますーって答えたけど掃除機の音でマスターに聞こえたかはわからない。



ベッドに寝転がり、久しぶりにお母さんのことを考えた。

あの日から急に変わってしまったお母さん。

なんでだろう。

わからないことを考えると余計にわからなくなるとはこのことだろう。

私ははぁーとため息をつき、天井を見つめた。

お母さんがなにを考えているかはわからないけど、きっと、なにか理由があるんだろう。

はあ、とまたため息をついて私は睡魔に襲われてぐっすりと眠った。




目が覚めるとすでに十四時を回っていた。

一階に降りてLUMIに入ると今日はあまりお客さんはいなかった。

カウンター席でマスターと話をしている健斗が、私に気づいて自分の横の席をポンポンと手で叩いた。

私は健斗の横に腰掛けて、マスターが入れてくれたミルクコーヒーをストローで啜った。

しばらくの沈黙の後に、健斗が俺さ、と切り出した。

「昨日のはるかの話聞いて思ったんだけど、はるかってまだお母さんのこと、ずっと信じてるんだな」

「えっ」

不意を突かれてなにも言葉が出てこなかった。

そんな私を横目で見て健斗はふっと笑った。

「な、なんで、そう思うの」

言葉を絞り出して聞いてみると健斗はだってさ、と続けた。

「昨日の話してくれたこと、はるかはお母さんのこと優しかったって言って、悪く言わなかったじゃん」

「……だって、本当に優しかったんだもん。他に理由が見つからないし」

「俺には、無理だ」

え?と健斗をみると健斗は下を見て、震えていた。

「健斗?大丈夫?」

心配になって声をかけるとあぁごめん、と言って

「俺はもう誰にも期待しない。どれだけ優しくても、信じられる人でも、期待してしまったらいつかどこかで絶対に裏切られる時がくる。優しい人がずっと優しいとは限らないし、今隣にいてくれる人がずっと隣を一緒に歩いてくれるなんて限らない」

そう言って、健斗は私を見て力のない笑顔で言った。

「だから俺は、世の中に一生期待なんてしない。どうせ、裏切られるだけだろ」

そう言った彼の、光のない瞳を見たとき、私は彼の過去を知りたいと思ったと同時に、知りたくないとも思った。