「いつも言ってるでしょ? 俺が知ってる女の子の中で、花音ちゃんが一番かわいいんだよ」
「そんなことは……」
「ある。……あります。あるんです」

 まっすぐに見つめられて、そう言われたら何も言えない。
 私が言葉を探していたら、藤乃さんがふっと微笑んだ。

「それと、夢の話は理人には内緒で。あいつのこと、弟分としてそれなりにかわいがってるからさ」
「しませんけど……。でも、どうして理人さん?」
「茉莉野は、理人の好きな人なんだ。昨日も、誕生日に大きな花束をもらったけど、手入れとか保たせ方が分からないって、相談に来てたんだよ。だからね、もし花音ちゃんが“かわいい顔してた”って思ったなら――それ、理人に向けた顔だよ」

 たぶん、私はすごく間抜けな顔をしていたと思う。
 というか、恥ずかしい……。勘違いで焼き餅を焼いて、藤乃さんを傷つけて……穴掘って埋まりたい……。

「ごめんなさい、藤乃さん」
「ううん、俺こそ、情けなくてごめん。かっこわるくてごめん。ちゃんと君の話を聞けば良かったのに」
「私が勘違いして、焼き餅焼いて、拗ねて……ほんとに、お恥ずかしいです……」

 一から十まで私が悪いのに、そんな顔で私を見ないでほしい。

「じゃあ、お互い様ってことにしよう。そろそろ朝ごはん食べに行こう? 親父さん待ってるよ」
「……はい」

 絡めていた指を離して一歩下がる。藤乃さんが降りてきて、腕をそっと掴まれた。

「俺のかわいい花音ちゃんが、かわいくないなんて言った罰です」
「……え?」

 静かに引き寄せられて、思った以上に強く抱きしめられた。
 耳元に吐息がかかって、ぞわっとする。

「あの、藤乃さん……」
「花音ちゃんが世界で一番かわいい」
「っ……」

 腕を伸ばして、大きな背中に触れた。シャツがうっすら汗ばんでいて、手にぺたりと張り付いた。
 すぐに互いの温度で熱くなりかけたところで、体が離れた。

「行こうか」
「……はい」

 車のドアと鍵を閉めて、並んで歩く。
 手、つながないんだなと思ったら、藤乃さんが振り返った。

「手、つなぎたいけど、知り合いがいっぱいで恥ずかしいから、次のデートのときにね」
「は、はい。……楽しみにしてます」

 藤乃さんがはにかんだ。
 ――かわいいのは、藤乃さんのほうだと思う。

「ところで、どうして茉莉野さんと葵さんって、喧嘩しちゃうんですか?」
「基本的に性格がそっくりなんだよ。あと、葵の彼氏の朝海と茉莉野が幼なじみらしくて。どっちかが引っ越して、小学校の途中までみたいだけどさ。それで茉莉野がちょっとマウント取っちゃったらしくて、それ以来ずっと犬猿の仲」
「あらら……」

 並んで歩いて、市場の食堂に向かう。
 父を探すと、ちょうどトレーを持って座ったところだった。

「由紀さん、ご迷惑おかけしました」
「いいよお。花音がなんかしたんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「仲直りしたならそれでいい。二人ともさっさと食え。帰ってから仕事が山ほどあるぞ。痴話喧嘩してる場合じゃねぇ」
「痴話っ!? 否定できないけど、でも……! 藤乃さん、ごはん買いに行きましょう!」

 ろくなことを言わない父を置いて、食券を買いに行く。
 藤乃さんは、やけに嬉しそうについてきた。私だけ慌てて、券売機に向かう。