君に花を贈る

 市場で花を並べる。今日は父と二人きりで、父はお得意様と何か話し込んでいた。
 しばらくして藤乃さんが姿を見せ、私を見つけるとぱっと笑顔になって駆け寄ってきた。

「おはよう、花音ちゃん」
「……おはようございます」

 きっと、私の顔、引きつってる。目を合わせられなくて、思わず視線を落としてしまった。
 藤乃さんが私の顔を覗き込んだ。

「調子悪い?」
「い、いえ、そんなことは……」
「そう? 昨日、ケイトウとワレモコウありがとう。会えなかったのは残念だけど、いくつかブーケにして写真送ったんだけど……」
「あ……すみません。昨日、早めに寝ちゃって、今朝もバタバタしてて、まだスマホ見てなくて」

 やっぱり、藤乃さんの顔は見られない。髪を直すふりをして、そっと視線を外す。
 ちょうどそのとき、父が戻ってきた。「台車、取ってくる」と早口で言い残して、その場を逃げるように離れた。呼び止められたけれど、振り返る勇気も、立ち止まる余裕もなかった。
 ……何やってるんだろう、私。
 車の荷台から、なんとなく台車を取り出す。残っている花は少しだけで、私と父で持てば台車なんて必要ないのに。
 やっぱり、藤乃さんの顔は見られなかった。だめだな、私。

「……戻ろう」

 とぼとぼと店に向かう。藤乃さん、もういないよね。いても、どうすればいいか分からないし。
 いきなり挙動不審みたいになって逃げちゃって……自分でも、意味が分からない。

「お父さん、ごめんね。台車、持ってきた」
「おう、そろそろ片付けようか。でもさ、藤乃ちゃん泣かすなよ? こいつ泣き虫なんだから」
「え?」

 ……なに言ってるの、お父さん。
 父が指さす方を見て、思わず息をのむ。藤乃さんが、うずくまっていた。
 しゃがみ込んで、膝の間に顔をうずめるようにして、腕で頭を抱えている。

「えっ……なにしてるの……?」
「花音に嫌われたって、泣いてる」
「……うそ、でしょ」
「藤乃ちゃんは昔っから泣き虫だからなー。須藤そっくり。そこは桐子さんに似ればよかったのに」

 父は「あはは」と軽く笑いながら台車に残った花を乗せている。

「藤乃ちゃん、これ全部持ってってよ」
「……も、もらいます……ぅ……」
「ってわけでさ、花音はこの台車と藤乃ちゃん、車まで運んであげて。片付けは俺がやっとくから。泣き止んだら、みんなで朝飯食って帰ろうな」
「えー……、うん、わかった」

 藤乃さんの隣に、そっとしゃがみ込む。足元には、水がぽつぽつと落ちた跡が残っていて、ふと昨日のにわか雨のことを思い出した。