君に花を贈る

 由紀さんの家に着くと、玄関からお袋さんが顔を出した。

「あら、わざわざ送ってくれたのね」
「いえ、瑞希にちょっと用事があって。花音ちゃん、またね。今日は一緒にいてくれてありがとう」
「こちらこそ。誘ってくれて嬉しかったです。おやすみなさい」

 花音ちゃんと入れ替わりで瑞希が出てきた。
 瑞希は俺の顔を見て、首を傾げる。

「どした? 藤乃がそんな怒ってんの珍しいね」
「あのさ、親父さんたち迎えに行こう」
「……わかった。母さん、親父の迎え、俺が行くわ」

 何も説明していないのに、瑞希はすぐに頷いてくれた。こういうときに、瑞希はすごくいいやつだって実感する。

「そう? じゃあ、お願いしようかしら」

 瑞希と一緒に車に乗り込む。

「悪いね、俺飲んじゃってて運転できないんだけど」
「それはいいけどさ、何があったの?」
「んー、実はさ……」

 ビアガーデンでのことを話すと、瑞希は特に何も言わなかった。

「ふうん。で、どうすんの?」
「迎えに行くだけだよ。もともと坂木さんは親父の友達だし、そろそろ俺も顔出させてもらいますって挨拶してくるだけ」
「……お前、大人になったねえ」
「どうかな……。ただ、すぐに怒れなくなっただけだよ」

 青年会の飲み会は地元の居酒屋でやっている。
 瑞希と顔を出すと、由紀さんと親父がゲラゲラ笑いながら手を振ってきた。

「花音ちゃんとのデート、どうだったー!?」
「花音、誘われた日からずーっと楽しみにしてたよ!」
「うるせえ……」

 うるさいおっさんたちに、瑞希がげんなりした顔になる。

「花音さんは無事お送りしました。遅くまでご一緒してしまって、申し訳ありません」

 由紀さんに愛想よく頭を下げたら、親父さんはゲラゲラ笑い出した。

「見ろよ坂木、美園! 藤乃ちゃん、須藤にそっくりだな! 桐子さんの血、ちゃんと入ってる……?」
「は、入ってるだろ!目つきとか、いざってときの胆力は桐子さんだろ!!」

 桐子さんは俺の母親だ。親父は、俺が二十歳になったときに「もう“母さん”じゃなくて名前で呼ぶよ、俺は」と言い出して、それ以来ずっと桐子さんと呼んでいる。
 ……じいさんといい、親父といい、うちのおっさんたちは嫁さんに甘い。俺が花音ちゃんに甘いのは、母親の言うとおり完全に血だ。

「坂木さん、美園さん、ご無沙汰してます」
「おお、でっかくなったな、藤乃ちゃん」
「どうしたの、親父さん引き取りに来た?おい、須藤、金だけ置いてって」
「わざわざ花音送ってから顔出したの?マメだね!」
「親父……ちょっと、実はさ」

 瑞希が半笑いで由紀さんに耳打ちする。聞き終えたらしい親父さんがまた笑った。酔いすぎだろ。

「ほんと、須藤にそっくり! でもありがとね。で、式はいつ?」
「……まだ、付き合ってません」

 俺の言葉に、坂木さんは「はー」と大きく息を吐いた。

「桐子さんみたいに大事にしてくれるなら、娘のひとりやふたりやりたくなるわな。まあ、うちに娘いないけど。え、それで? 好きな子のために、こんなおっさんの集まりに顔出したの?」
「はい。いずれは須藤の家の者として青年会にも顔を出すつもりでしたし、それが早まっただけです。俺が地域の仕事をちゃんとやることで、彼女を守れるなら、いくらでもやります」
「……桐子さんの面影、感じたわ」
「わかる! このドスの効いた感じ……完全に桐子さんだ……!」

 なぜか由紀さんと美園さんが真顔になった。この人たちの中で、俺の母親はどんな人なんだ……?