次の日の夕方、兄がひとりで農具を洗っていたから、できるだけ自然に声をかけてみた。

「ねえねえ、瑞希。朝助けてくれた人なんだけどさ」
「んー、藤乃?」

 兄は鋤にザバザバと水をかけている。

「そ、そう……藤乃さん。あの、チューリップのこと、何か言ってた? 瑞希が、渡してくれたんだよね?」
「ああ、うん。すごく喜んでたよ。あいつ、ああいう明るい花、好きだからさ」
「そっか……喜んでくれたんだ」

 瑞希が顔を上げて私を見た。何度かまばたきしてから、静かにうなずいた。

「え、なに……?」
「いや、ただ……春だなって思っただけ」
「春だよ。なに言ってんの」
「明後日、須藤さんとこにヒヤシンス持って行ってよ。俺、農協に行かないといけないから」
「わかった」

 瑞希は農具を洗い終えたのか、手をふいてからスマホをいじり始めた。
 私は温室に、ヒヤシンスの様子を見に行った。