「そういえば、藤乃さんが一人で仕入れに来るのって珍しいですね」
そう言って顔を上げると、藤乃さんは頬をもぐもぐさせながら頷いた。
「今日はみんな忙しくてさ。母親のテストも合格したから、行ってみろって言われてさ。まあ、母さんや親父の知り合いの農家さん回るだけだし、やっとって感じだけど。花音ちゃんは?」
「私は種の仕入れです。今日は、畑の一角で試しに育てるための……ほとんど趣味みたいな畑用の種を買いに来ました」
そう言うと、藤乃さんが頷いた。
「あのチューリップとかバラも、そうやって育てたの?」
「そうです。うまくいったら、父や瑞希に相談して、大きい畑で育てて販路に乗せます」
お弁当を食べ終えて、藤乃さんも同じく食べ終わっていたので、一緒に片付けて立ち上がった。
「そろそろ車に戻りましょうか」
「うん、帰らなきゃね。あ、でも、転びそうだから……車まで、手、繋いでいい?」
「……どうぞ」
今度は私から手を差し出した。
大きな手が重なって、やっぱり優しく握られる。
そっと握り返して歩き出すと、藤乃さんが柔らかく微笑んでいて、ドキドキは当分おさまりそうになかった。
車まで戻ると、藤乃さんが私の手をぎゅっと握り直した。
「今日買った種がうまく育ったら、見せてほしいな」
「はい、もちろんです。藤乃さんが欲しくなる花にできるよう、頑張ります!」
「うん、楽しみにしてる」
ゆっくりと手が離れる。指が離れきる直前に少し触れ合って、藤乃さんの目が切なそうに細められた。
でも、何も言わずにそのまま離れていった。
私も何か言いたかったのに、言葉が出てこなかった。
「あ、そうだ。夜ごはんに誘うって言ってたでしょ。よかったら、駅前のビアガーデン行かない? お客さんにチケットもらったんだ」
「ビアガーデン! ぜひ行きたいです」
「よかった。日付は後で相談しようか。場所は花音ちゃんの最寄り駅のところで……」
藤乃さんがスマホで場所を表示する。
駅ビルの屋上らしくて、特設サイトにはビール以外のアルコールや、食べ放題メニューなんかも紹介されていた。
「このページ、送っておくよ」
「ありがとうございます」
「朝ごはんも、また一緒に食べよう」
「はい。お願いします」
それぞれの車に乗り、シートベルトを締めてエンジンをかける。ギアを入れてアクセルに足を乗せてから、もう一度藤乃さんのほうを見る。
「……好きだなあ」
藤乃さんも同じようにこちらを見ていた。
目があったから小さく手を振ると、とけるように微笑んで手を振り返してくれる。
口パクで「またね」と言うと、頷いてくれた。
……だからってわけじゃないし、伝わらなくても全然いいんだけど、口パクで「すき」と言ってみる。
藤乃さんは目を丸くして、口をパクパクさせた。それから口元を押さえて、目を逸らす。
……えっ、伝わっちゃったかな。
どうしようか迷っていたら、藤乃さんが真顔でまっすぐ私に視線を戻した。
そして口をわずかに動かす。
「……なに……? おれも……? いやいや……」
いやいや、そんな、都合の良い話ないでしょ。
もう一度手を振って、今度こそアクセルを踏み込んだ。
最後に見えた浜辺では、さっきの浮き輪が風に流されて、海をぷかぷかと漂っていた。
そう言って顔を上げると、藤乃さんは頬をもぐもぐさせながら頷いた。
「今日はみんな忙しくてさ。母親のテストも合格したから、行ってみろって言われてさ。まあ、母さんや親父の知り合いの農家さん回るだけだし、やっとって感じだけど。花音ちゃんは?」
「私は種の仕入れです。今日は、畑の一角で試しに育てるための……ほとんど趣味みたいな畑用の種を買いに来ました」
そう言うと、藤乃さんが頷いた。
「あのチューリップとかバラも、そうやって育てたの?」
「そうです。うまくいったら、父や瑞希に相談して、大きい畑で育てて販路に乗せます」
お弁当を食べ終えて、藤乃さんも同じく食べ終わっていたので、一緒に片付けて立ち上がった。
「そろそろ車に戻りましょうか」
「うん、帰らなきゃね。あ、でも、転びそうだから……車まで、手、繋いでいい?」
「……どうぞ」
今度は私から手を差し出した。
大きな手が重なって、やっぱり優しく握られる。
そっと握り返して歩き出すと、藤乃さんが柔らかく微笑んでいて、ドキドキは当分おさまりそうになかった。
車まで戻ると、藤乃さんが私の手をぎゅっと握り直した。
「今日買った種がうまく育ったら、見せてほしいな」
「はい、もちろんです。藤乃さんが欲しくなる花にできるよう、頑張ります!」
「うん、楽しみにしてる」
ゆっくりと手が離れる。指が離れきる直前に少し触れ合って、藤乃さんの目が切なそうに細められた。
でも、何も言わずにそのまま離れていった。
私も何か言いたかったのに、言葉が出てこなかった。
「あ、そうだ。夜ごはんに誘うって言ってたでしょ。よかったら、駅前のビアガーデン行かない? お客さんにチケットもらったんだ」
「ビアガーデン! ぜひ行きたいです」
「よかった。日付は後で相談しようか。場所は花音ちゃんの最寄り駅のところで……」
藤乃さんがスマホで場所を表示する。
駅ビルの屋上らしくて、特設サイトにはビール以外のアルコールや、食べ放題メニューなんかも紹介されていた。
「このページ、送っておくよ」
「ありがとうございます」
「朝ごはんも、また一緒に食べよう」
「はい。お願いします」
それぞれの車に乗り、シートベルトを締めてエンジンをかける。ギアを入れてアクセルに足を乗せてから、もう一度藤乃さんのほうを見る。
「……好きだなあ」
藤乃さんも同じようにこちらを見ていた。
目があったから小さく手を振ると、とけるように微笑んで手を振り返してくれる。
口パクで「またね」と言うと、頷いてくれた。
……だからってわけじゃないし、伝わらなくても全然いいんだけど、口パクで「すき」と言ってみる。
藤乃さんは目を丸くして、口をパクパクさせた。それから口元を押さえて、目を逸らす。
……えっ、伝わっちゃったかな。
どうしようか迷っていたら、藤乃さんが真顔でまっすぐ私に視線を戻した。
そして口をわずかに動かす。
「……なに……? おれも……? いやいや……」
いやいや、そんな、都合の良い話ないでしょ。
もう一度手を振って、今度こそアクセルを踏み込んだ。
最後に見えた浜辺では、さっきの浮き輪が風に流されて、海をぷかぷかと漂っていた。



